アラルコンのデビュー作であるこの作品を自ら出版社に持ち込んだというエピソードを読んだとき、これからはこの訳者さんに注目していこうと決心した。
以来、細々と遅れ遅れではあるけれど、彼の翻訳作品を追いかけている。
そんな藤井さんのエッセイ集が出ると知ったからには読まないわけにはいかないと、いそいそと手を伸ばしたものの、読み始める前は“「アメリカ」なき時代のアメリカ文学”という副題が少々気にかかってはいた。
思い起こしてみれば私は子どもの頃から翻訳小説好きだった。
『メアリー・ポピンズ』(イギリス)『長くつしたのピッピ』(スウェーデン)『ムーミン』(フィンランド)にはじまって、モーリス・ルブラン(フランス)やアガサ・クリスティ(イギリス)、ジェイン・オースティン(イギリス)やカレル・チャペック(チェコ)を読んで大人になった。
ロシア文学にかなり傾倒していた時期もあったし、タブッキ(イタリア)には今でも相当いれあげている。
がしかしどういうわけか、ごく最近までアメリカ文学というものにはほとんど触れてこなかった。
だから、このエッセイで語られるであろう文学談義についていけるかどうか少々心配だったのだ。
ところが、ところがである。
この本を読んだら期せずして、私がなぜ長い間アメリカ文学を避けて通ってきたのか、そして今なぜアメリカ文学を読み始めているのかがストンと腑に落ちた。
人によって答えがまちまちになるのは承知の上でと断りを入れながらも、著者が考える現代のアメリカ作家たちにとってインスピレーションとなっている三大作品は非常に興味深かったし、そういった正統派文学論だけでなく、イギリスの作家の厳しい財政状況やアメリカの作家の多くが教師という職業についているなどという裏話的な話も新鮮だった。
他にも“もし小説の登場人物が履歴書を書いたなら”などの面白い試みも披露され、著者のサービス精神が遺憾なく発揮されている。
覚悟していたことではあったが、この本を読んだおかげで未邦訳作品を含め読みたい本がまたまた増えた。
だがそのことを後悔すまい。
文学の世界はますます混沌としながらも、大きく広がっていることを実感できたのだから。
<藤井光さん関連レビュー>
● 『ロスト・シティ・レディオ』
● 『タイガーズ・ワイフ』
●『遠い部屋、遠い奇跡』
● 『かつては岸』
● 『大いなる不満』
● 『夜、僕らは輪になって歩く』
● 『早稲田文学 2015年冬号』



本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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この書評へのコメント
- タカラ~ム2016-05-16 18:03
藤井光さん、今もっとも注目すべき英米文学翻訳家じゃないですかね。
私が藤井さんの翻訳書で最初に読んだのは、デニス・ジョンソン「煙の樹」でした。
その後、気になる翻訳書を手に取ると、かなりの高確率で藤井さんの翻訳だったりします。
今年度の放送大学で開設している「世界文学への招待」という講座でも、英米文学について藤井さんが講義していました。
http://www.ouj.ac.jp/hp/kamoku/H28/kyouyou/C/ningen/1740024.html
「ターミナルから荒地へ」については、先日の日本翻訳大賞授賞式の中で、柴田元幸さんが21世紀の英米文学を知る上で重要な1冊、という話をしていたかと記憶しています。
P.S.
私の「紙の民」は積んだままですwwクリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2016-05-16 21:22
うっうっ(/_;)呪師が二人に増えている……わかりました。読みますよっ!w
だいたいテーマからして好物そうですしね。
でもねえ。お二人さん、私がめざしているのはこれ↓なんですよ。
アメリカ文学ではありませんが。
その前に「四重奏」を読めって話なんですが……(><)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2016-05-17 06:17
ええっ!そうなんですか!私はもうはなっから『四重奏』を読まねば『五重奏』にたどり着けないと決めつけていました!
ちょっと考えます。
ロレンス・ダレルはちびちびとこの本を読んでいるのですが。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2016-05-17 08:12
『予兆の島』は以前efさんレビュー
http://www.honzuki.jp/book/225956/review/136255/
を拝見してその存在を知った本なのですが
絶版のようで図書館で借りるしかないか…と諦めていたところ、
出版社でバーゲンブックとして取り扱っていることを知り
慌てて入手したという経緯があります。
文章になんともいえぬ味わいがあるので、無理に筋を追うことをせず
時々開いては楽しんでいます。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:中央公論新社
- ページ数:265
- ISBN:9784120048333
- 発売日:2016年03月09日
- 価格:1998円
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