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三太郎さん
三太郎
レビュアー:
著者の分身である30代の作家と彼の美貌の妻と、彼が敬愛し妻が愛した年長の作家との危ない関係。
語り手は50代の作家で、彼が20年前の、つまり彼がデビューしたての専業作家で美貌の妻との二人暮らしだった頃の思い出を語っている。

語り手のシドニーは当時は高校教師を辞め専業の作家となったばかりで、地下鉄の階段を転げ落ちてしまい生死の境を彷徨う経験をしたばかり。まだ体調は万全ではない。彼には美貌の妻グレースがいて、彼女の父親の親友である有名な作家のジョンとグレースは本当の叔父と姪とのように仲が良かった。ジョンはシドニーのことを気にかけてくれて先輩作家として色々とアドバイスをしてくれた。

そのジョンが足の血管の病気で歩けなくなってしまい、シドニーはグレースと一緒にマンハッタンにあるジョンの自宅を訪ね夕食を共にした。その帰りのタクシーの中でグレースは泣き出してしまうが、夫には理由が解らない。

そのうち、グレースはひどいつわりに苦しむようになり、彼女の妊娠が明らかになる。グレースは妊娠中絶を主張するが夫のシドニーは反対する。ジョンにその話を打ち明けると、意外にもジョンも中絶を支持するという。

夫のシドニーはある疑惑に囚われるようになる。ジョンはグレースの恋人だったのではないか。しかしジョンは自分とグレースの年齢差を考え、また親友の娘との結婚に躊躇したため、グレースはシドニーと結婚することにした。しかしシドニーが生死の境を彷徨うことになり、ジョンとグレースの恋人関係が復活したのではないか。だからジョンもグレースも子供を産むことに反対したのだ。子供の父親がジョンかもしれないから。

だからグレースにとってもシドニーにとっても子供を産むかどうか激しい葛藤があったはずだ。しかしこの小説はその葛藤に踏み込むことはしなかった。

ジョンには最初の妻との間にジェイコブという息子がいた。彼は大学を中退し薬物中毒に陥り、リハビリ施設に収容されていたが、ある晩に施設を抜け出し、シドニーのアパートを訪ねてきた。ジェイコブはグレースを心底憎んでいた。彼はグレースに以前は自分の継母のようなものだったと言い、グレースとジョンの関係を暗に批判した。そしてギャングに追われているから金を出せと要求し、グレースが拒むと彼女の顔面を殴り、腹を蹴り挙げた。シドニーがナイフで脅すと家を出て行ったが、後日死体で発見されることになる。

丁度同じころ、ジョンは足の血栓が肺に移動し倒れてそのまま絶命した。グレースは病院に搬送され命に別状はなかったが、お腹の胎児は助からなかった。

この奇妙な小説でオースターが書きたかったことは何だったのだろうか?この小説にはマトリョーシカのように内部に埋め込まれた二つの別の物語があった。

一つはシドニーがジョンのアドバイスを受けて書き始めた、ある日突然それまでの生活をすべて捨てて別人の人生を送ろうと試みる男の話だ。男は妻を棄てて縁もゆかりもない遠い町に行き、鍵のかかった核シェルターに一人閉じ込められてしまう。これはオースターの若い頃の作品の「鍵のかかった部屋」を連想させる。

もう一つはすでに亡くなっている有名な作家の未公開原稿で、この小説の主人公は未来が見えてしまうため、最愛の恋人が十年後には別の男を愛するようになることを知り、結婚を断念する。

結婚生活から逃げる男と結婚を断念する男の物語は、この小説の主人公であるシドニーの結婚に対してとり得たかもしれない選択肢の幾つかを示唆しているのだろうか。

ジョンと胎児が亡くなった後にシドニーが感じた幸福感の理由を読者はあれこれ想像することになるだろうな。この小説のテーマは結婚生活だと僕は感じた。
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三太郎
三太郎 さん本が好き!1級(書評数:829 件)

1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。

長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。

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