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Yasuhiroさん
Yasuhiro
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孤高の天才空海の構築した余人の理解を容易に許さない哲学体系を語るとともに、日本という国が弘法大師信仰という霊験あらたかな民間宗教に変質させていった過程を丁寧に追った、高村薫の思索の旅。
  先日夢枕獏先生の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を読んでいて、いろいろなエピソードに既視感があったのは、私が空海が好きでいくつかのノンフィクションを読んでいたこと、特にその中でも司馬遼太郎先生の「空海の風景」と高村薫女史の「空海」の二書が大きかったと思います。空海という人物にまたまた興味が湧いてきましたので、今回はまず比較的新しい高村薫女史の「空海」を取り上げたいと思います。


  彼女は近代的合理主義の信奉者として数多くの傑作小説を世に送り出してきましたが、1995年の阪神淡路大震災を契機に仏教に深い関心を寄せるようになり、それは二十世紀三部作、特に「新リア王」「太陽を曳く馬」に顕著に表れています。

  そして、またも起こってしまった未曽有の大震災が東日本大震災でした。女史は当時から折にふれて積極的に発言されていましたが、本書においてもまず訪れたのがその被災地、原発事故のあった福島でした。

  高野山という大本山はさておき、末端の寺院は(よほど観光収入のあるところでない限り)檀家数が命。原発事故で檀家が避難を余儀なくされ故郷を去る場合「離壇」を余儀なくされ、寺は成り立たなくなっていきます。
  
人間の生活が失われた土地では、当たり前のことながら寺も僧侶も、仏も大師も消えてゆくのである


  少し脱線しますが、私の家内の実家も真言宗、過疎化・高齢化が進む港町で寺も存続に躍起となっています。親の世代までは熱心な信者が多かったそんな地域でも、我々の世代となると頭から弘法大師を信心している筈もなく、それで金金金と何かにつけて多額のお布施を求められると嫌気がさす、という声も多くなっています。心の拠り所としての、また地域連帯の要としての仏教離れの進行、これはおそらく家内の実家だけに限らず日本全国で深刻な問題となっているのではないでしょうか。

  とは言え、やはり今でも「空海=弘法大師」という存在は別格。開創1200年、世界遺産となり世界中から注目されている高野山。同じく世界遺産で「お大師さんの寺」として知られる京都は東寺。四国で今も盛んなお遍路さんの「同行二人」。

  そんな伝説的人物「空海」を高村薫は

空海は二人いた、いや三人となった

という言い方でその秘密や自らの思うところを諄々と説いていきます。夢枕獏先生も書いておられた、中国は青龍寺の恵果より授けられた金剛・大日(胎蔵)両密を元に独自の、というか弟子でさえ理解の及ばないほどの一大哲学的体系を築いた天才の「空海」、治水などを行った行動家としての「空海」、そして入定後「弘法⼤師」という⺠間信仰の対象へと変質して⾏った「空海」。

  高村薫女史はカメラ片手にひたすらその空海を追い求め、この三人の空海について突き詰めていきます。密教哲学を語る部分はやはり難解ではありますが、随所に写真が差し挟まれ、紀行文的なエッセイとして読めるだけに、上記の小説ほどの息苦しさはありません。

  そして私が常々「高村節」と呼んでいる⾼村薫独特の語り⼝は健在で、ファンとしてはすっと腑に落ちる感覚があります。


空海の⼊定後、百年を経ずして東寺が空海その⼈の肖像を祀り始めたとき、あるいは(中略)⼊定留⾝説が作られたとき、僧空海の残像は消滅したと⾔えるだろう。そして、⼊れ替わりに弘法⼤師という霊験あらたかな超⼈の伝説が現れ、⺠衆の間に広がってゆくのだが、その過程は空海の築いた真⾔密教の体系が⼀握りの学侶の専有となり、現世利益と儀礼の陰に隠れてゆく過程と軌を⼀にする。


  ただ、司馬先生の著書や今回読んだ夢枕獏先生が膨大な参考文献をもとに書かれた中国での空海像とはやや齟齬がありますし、女史があまりにも空海に入れ込んでいる感も無きにしも非ずです。

  そのあたり、結構シニカルな口調で語る司馬遼太郎先生の「空海の風景」の方が客観的に空海という人間を見ている印象がありました。まあそれはそれで当時反論も多くあったと記憶していますが、近々再読したいと思っています。
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Yasuhiro
Yasuhiro さん本が好き!1級(書評数:513 件)

馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8

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