表紙は一枚の切り絵で、よく見ると馬に乗った騎士、瓶に閉じ込められた女性、狼、背中の曲がった男、赤ずきんなど物語に登場する主人公達がちゃんといる。UK版とUS版の表紙よりも手が込んでおり、出版社の本書に向けた熱意が感じられる。
言い回しのリフレインが多く使われた原文のスタイルを訳文も踏襲しており、「ですます調」で統一されているので、まるでもう一人の自分が語る物語を聞いているような気分になる。
異世界を舞台にしたダークファンタジーであり、内容を鑑みるにYAの枠には留まらない。
「異世界の体験を通じて主人公の成長を描く」という主題はこの種のファンタジーの王道だ。異なるのは、異世界に登場する物語の筋立てが、どこか私達のよく知るそれとは異なっていることだ。例えば、狼は退治されるのではなく、誘惑された赤ずきんと恋をして人狼の父親となる。また、七人のこびとたちは口やかましい白雪姫にこき使われている。バリエーションはあるものの概ね女性は悪役で、男達はそんなヒロインに食べられたりしいたげと散々な有り様だ。この男女逆転の関係には、義母に対してディヴィッドが抱く感情が少なからず影響している。また、病気の母親を助けるためと称して生活上の様々な取り決めを守ったにも関わらず、母が亡くなってしまったことも、物語の世界を
善が報われ悪が罰される世界と見られなくなってしまった要因であろう。
意外なキャラクター設定自体は面白い。しかしせっかく今までにないキャラクター達を作りだしたにも関わらず、彼等は、ディヴィッドが知り合った人達が語る昔話の中に登場するにとどまっている。そのため、読者は前述のようにこれらの物語の意味を類推する楽しみがあるが、ディヴィッド自身がその物語の底意を理解したり、その事によって心に変化が訪れるなどの記述がない点が惜しまれる。また、宗教(P203)や戦争(p356)を批判する件もあるが、これらも単発で登場し、ディヴィッドの変化に繋がっていない。要は主人公との繋がりが薄いのだ。
また、ねじくれ男が特定の条件を持つ子供を探している理由については理解できるが、なぜその代償として条件を呑んだ相手を王としなければならないのか。実権を握るのは自分なのだから、わざわざお飾りの王にする手間をかける理由がない。また、現実社会のものも、とある理由によって異世界に入りこんでしまうが、何でもOKというのは自分ばかりか世界を壊してしまいかねない危険がある。「利用するつもりだった人間が冒険の過程で反旗を翻して危機に陥る」というのであれば、予想外の危機である。しかし予測できる危機はなるべく排除するのが、世界を作った者の心理としては当然であろう。



2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。
この書評へのコメント
- 星落秋風五丈原2015-11-02 22:29
新月雀さんがわりといい評価を出されていたので「うわーごめんなさい」と思いながら書きました。「この世界の支配者は異世界からの子供でなければならない(絶対にねじくれ男はなれない)」というルールをねじくれ男の上位者が彼が現れる前に作っていて、彼がそれに逆らえないために自分の生きる道を探るためにやっている、だったらよかったのかもしれません。また、「子供の名前を執拗に聞く」というのはねじくれ男の本家であるルンペルシュテルツキンの弱みを逆回転させたような行動なので、その辺りはうまくストーリーに生かしているな、と思いました。作者の言いたい事と熱意はとても伝わってくるし、作者の物語や異世界に対する愛情はとてもとても感じたことを重ねて申し上げます。
クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - 新月雀2015-11-02 23:00
私の評価はあまりに気にしなくてもかまいませんよ。
書評は自分の感じたところを書くべきですから。
ねじくれ男が押し付けられたルールに沿っていれば矛盾がなくなる、というのはわかります。
ただ、それを考えると、作中のおとぎ話の世界がどのように成立したのか、というところも疑問になってきます。
例えば、
①お伽話を読んでいた子どもたちの想いが長い月日を経て凝り固まり具象化した。
上位者:生み出した子どもたち
②エルム街の悪夢のように悪党が死に、子どもたちの夢のなかを住処としていく過程で、歴代の依代となった子どもの知っているお伽話が合体した。
上位者:悪党を夢の中に送り込んだ魔術師
③超自然な存在が、ねじくれ男と呼ばれるようになっただけ。お伽話の世界にしか住めないのは魚が水でしか生きることができないようなもの
上位者:世界の創造主=神? 万物の理
とかどうでしょう。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:東京創元社
- ページ数:384
- ISBN:9784488010492
- 発売日:2015年09月30日
- 価格:2376円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。