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星落秋風五丈原
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赤ずきんは狼のストーカーで七人のこびとはコミュニスト 設定は面白いがストーリーとかみ合っていない気が…
 第二次大戦当時のロンドンで、父親の再婚相手と義弟になじめない12歳のディヴィッドは、突然の発作に苦しんでいた。ある夜庭に爆撃機が墜落し、亡くなったはずの母の声に導かれて、沈床園の壁から物語の世界に迷い込む。

 表紙は一枚の切り絵で、よく見ると馬に乗った騎士、瓶に閉じ込められた女性、狼、背中の曲がった男、赤ずきんなど物語に登場する主人公達がちゃんといる。UK版とUS版の表紙よりも手が込んでおり、出版社の本書に向けた熱意が感じられる。

 言い回しのリフレインが多く使われた原文のスタイルを訳文も踏襲しており、「ですます調」で統一されているので、まるでもう一人の自分が語る物語を聞いているような気分になる。

 異世界を舞台にしたダークファンタジーであり、内容を鑑みるにYAの枠には留まらない。
「異世界の体験を通じて主人公の成長を描く」という主題はこの種のファンタジーの王道だ。異なるのは、異世界に登場する物語の筋立てが、どこか私達のよく知るそれとは異なっていることだ。例えば、狼は退治されるのではなく、誘惑された赤ずきんと恋をして人狼の父親となる。また、七人のこびとたちは口やかましい白雪姫にこき使われている。バリエーションはあるものの概ね女性は悪役で、男達はそんなヒロインに食べられたりしいたげと散々な有り様だ。この男女逆転の関係には、義母に対してディヴィッドが抱く感情が少なからず影響している。また、病気の母親を助けるためと称して生活上の様々な取り決めを守ったにも関わらず、母が亡くなってしまったことも、物語の世界を善が報われ悪が罰される世界と見られなくなってしまった要因であろう。

 意外なキャラクター設定自体は面白い。しかしせっかく今までにないキャラクター達を作りだしたにも関わらず、彼等は、ディヴィッドが知り合った人達が語る昔話の中に登場するにとどまっている。そのため、読者は前述のようにこれらの物語の意味を類推する楽しみがあるが、ディヴィッド自身がその物語の底意を理解したり、その事によって心に変化が訪れるなどの記述がない点が惜しまれる。また、宗教(P203)や戦争(p356)を批判する件もあるが、これらも単発で登場し、ディヴィッドの変化に繋がっていない。要は主人公との繋がりが薄いのだ。

 また、ねじくれ男が特定の条件を持つ子供を探している理由については理解できるが、なぜその代償として条件を呑んだ相手を王としなければならないのか。実権を握るのは自分なのだから、わざわざお飾りの王にする手間をかける理由がない。また、現実社会のものも、とある理由によって異世界に入りこんでしまうが、何でもOKというのは自分ばかりか世界を壊してしまいかねない危険がある。「利用するつもりだった人間が冒険の過程で反旗を翻して危機に陥る」というのであれば、予想外の危機である。しかし予測できる危機はなるべく排除するのが、世界を作った者の心理としては当然であろう。
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2320 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2015-11-02 07:45

    これ今読んでいるところなので、書評は後日ゆっくり拝読させて戴きますね。
    実はまだほんの序の口で……なかなか波に乗れずにいます。
    設定はかなり興味深いのでこれからだと思うのですが…。

  2. 星落秋風五丈原2015-11-02 21:56

    そうでしたか。じっくりお読みください。なんといいますか…作者が私達読者に語りかけたい、という意識が強い作品という印象を持ちました。

  3. 新月雀2015-11-02 22:19

    言われてみれば、王にする必要はあるのか、ということは疑問をもつ点ですね。
    出鱈目な解釈をすれば、王に据えるのは、ねじくれ男がいる世界を作り出すための依代は永遠ではなく交代していく宿命をもつので、金枝篇の「王殺し」、になぞらえているのかな、とか。
    うーん、私には難しい。

  4. 星落秋風五丈原2015-11-02 22:29

    新月雀さんがわりといい評価を出されていたので「うわーごめんなさい」と思いながら書きました。「この世界の支配者は異世界からの子供でなければならない(絶対にねじくれ男はなれない)」というルールをねじくれ男の上位者が彼が現れる前に作っていて、彼がそれに逆らえないために自分の生きる道を探るためにやっている、だったらよかったのかもしれません。また、「子供の名前を執拗に聞く」というのはねじくれ男の本家であるルンペルシュテルツキンの弱みを逆回転させたような行動なので、その辺りはうまくストーリーに生かしているな、と思いました。作者の言いたい事と熱意はとても伝わってくるし、作者の物語や異世界に対する愛情はとてもとても感じたことを重ねて申し上げます。

  5. 新月雀2015-11-02 23:00

    私の評価はあまりに気にしなくてもかまいませんよ。
    書評は自分の感じたところを書くべきですから。
    ねじくれ男が押し付けられたルールに沿っていれば矛盾がなくなる、というのはわかります。
    ただ、それを考えると、作中のおとぎ話の世界がどのように成立したのか、というところも疑問になってきます。
    例えば、

    ①お伽話を読んでいた子どもたちの想いが長い月日を経て凝り固まり具象化した。
    上位者:生み出した子どもたち
    ②エルム街の悪夢のように悪党が死に、子どもたちの夢のなかを住処としていく過程で、歴代の依代となった子どもの知っているお伽話が合体した。
    上位者:悪党を夢の中に送り込んだ魔術師
    ③超自然な存在が、ねじくれ男と呼ばれるようになっただけ。お伽話の世界にしか住めないのは魚が水でしか生きることができないようなもの
    上位者:世界の創造主=神? 万物の理

    とかどうでしょう。

  6. 星落秋風五丈原2015-11-02 23:20

    ありがとうございます。話を読むと①なのかな~と思うところもある(狼のキャラを子供の想像で変えたりしますしね)のですが、じゃあ私達に語っているこの語り手は誰?と言われると③なのでしょうか。

  7. 新月雀2015-11-02 23:32

    私も、①と③で迷います。
    特に③は、読んでいる時に、出版社のサイトで引き合いに出されいた映画の「パンズ・ラビリンス」や人から人へと悪魔が渡る(しかも乗り移る時のルールが決まっている)「悪魔を憐れむ歌」が思い浮かんだので。

  8. かもめ通信2015-11-15 09:16

    書評はもちろんのことコメント欄の星落秋風五丈原さんと新月雀さんのやりとりもとっても興味深く面白いですね!
    私は正直なところちょっと読むのに手こずってしまったこともあって、あまり深く考えなかったのですが、なるほどそういう視点もあるなあ!と思わず感嘆の声をあげてしまいましたw

  9. 星落秋風五丈原2015-11-17 00:04

    かもめ通信さん、ありがとうございます。読了後、自分なりの答えが出てすっきりする本もそれはそれで読み味が良いのですが、「うーんなんでこうしたのだろう、こうだったらよかったのに」とか「あれはこういう解釈でよかったのだろうか?」と後味が残ってしまう本も、逆に印象に残りますね。新月雀さんとは自分では考えつかないようなお話を聞くことができてとても楽しかったです。

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