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ぽんきち
レビュアー:
「兵事係」という仕事
地方紙の書評から拾った本。

第二次大戦の徴兵の際、「赤紙が来た」とはよく耳にするが、その赤紙がどこからどのようにして来るのかはあまり考えたことがなかった。
例えば郵便物として各戸のポストに入るのか、といえばそうではない。原則として、係の人物が来て、本人か同居の成人に手渡しすることになっていた。これは国家の大切な任務であったのだ。その仕事にあたるのは「兵事係」という職務に就く人たちであった。
兵事係は、赤紙(召集令状)を配るだけでなく、徴兵検査の実施や出征兵士の見送り、武運長久祈願祭の開催、戦地への慰問袋のとりまとめ、戦死の告知、出征軍人家族や遺族の援護など、多岐にわたって、兵事に関わる業務を担った。
敗戦に際し、この兵事に関わる書類は悉く焼却せよとの命が下った。軍の機密に関わるものもあるからだ。しかし、本書で取り上げる滋賀県の小さな村の兵事係であった西邑さんはその命令に疑問を抱いた。兵事書類は、出征者や戦死者の家族にとって大切な書類である。この書類がなくなってしまったら、出征した人々の苦労や功績がなかったことになる。そこで彼は危険を承知で、一部を持ち出し、保管した。戦後の長きにわたり、書類のことは周囲には言えなかった。保管したことを咎められ、家族に累が及ぶことを恐れたのである。
2007年、実に103歳になったとき、地域の民俗資料館の特別展に協力する形で、西邑さんが守ってきた資料が陽の目を見ることになった。
全国には、同様に兵事係が隠して保管していた例や、何らかの理由で焼却されずに役場に残っていた例もある。それらの貴重な例に、西邑さんが保管した膨大な資料も加わることになった。

本書の著者はジャーナリストである。ビルマを長く取材した経験から、インパール作戦で「白骨街道」を辿ることになった日本兵に関心を持ち、彼らがどのようにビルマの戦場に送られたのか、赤紙や徴兵制の仕組みを知りたいと考えていた。
兵事係と兵事書類のことを知り、書き始めたのが本書である。

本書では、西邑さんの記録を丹念に読み込みつつ、徴兵制のあらまし、対象者の選別の詳細、赤紙の配り方など、制度としての徴兵を詳述する。一方で、家族で何人も徴兵され、複数の戦死者を出した家、赤紙を渡された際の親の表情など、赤紙をもらった側のいわばミクロの視点も西邑さんや当時の村の住民へのインタビューなどから捉えていく。
どういった構造・制度の中で、個人がどう感じ、どう身を処したのかが複眼的に浮かび上がってくる。

徴兵の際には個々人についてかなり詳しい調査もされ、特殊技術があるとか家族構成がどうであるとか平時の職業、外国語の能力といった情報が収集された。それには地元の兵事係の協力が不可欠であったことだろう。
そうした特徴を元に、各人に適した兵務につかせたり、さまざまな技量を持つ兵を編成したりという目的であったが、さて実際こうした情報が有効に利用されたのか、いささか疑念は残る。

兵事係というのは、当時、国の大事なお役目を担うとは見なされていたものの、翻れば、兵事係当人は徴兵もされなければ戦死することもない立場である。それが顔見知りの村人たちに赤紙を配る。表立っては言われなくても、憎まれたり、疎まれたりしたこともあったろう。西邑さん自身、多くの人に赤紙を配ったことを長く気に病んでいた。どうしても書き残しておきたいと、隠し持った兵事書類を元に、村の戦没者名簿を作成していたという。

戦時の一面を知る、興味深い1冊。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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