新月雀さん
レビュアー:
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女の心で激しく燃える尊皇攘夷の志は、時代から取り残されて……

正直言って見るのが苦痛になってきた大河ドラマもいよいよ戊辰戦争に突入というところですが、志士といえば男ばかりが注目される中、誰よりも激しく尊皇攘夷を叫んだ女志士のことはあまり知られていないのではないでしょうか。
この短編集の表題作になっている『秋蘭(しゅうらん)という女』の主人公である若江薫子(わかえにおこ)は、菅原道真公を祖先とする(とはいっても長い歴史の中で、何度か絶えては再興しているようなので、家名としては続いていても血脈としてはどうなのか?)学問に優れた若江家の娘です。
彼女は、若江家という恵まれた環境にあったことも影響してか幼少の頃より神童として公家社会に名を知られる存在でした。
そのおかげで、後の明治天皇の后である昭憲皇太后、一条美子の教育係として抜擢され、その才能をいかんなく発揮するわけですが、ただの教育係であったならば歴史の中に埋もれてしまっていたでしょう。
彼女がただの才女ではない点はただひとつ、徹底的な尊王攘夷思想が根付いてしまっていたことです。
その深い学識を土台として、攘夷攘夷をひたすらに突き進む。
少しでも西洋の文化が感じられるものを憎み、それを使う人間に対して巧みな弁舌で非難する。
親である量長(かずなが)でさえ手を余すほどの女性になってしまいました。
もし、良い縁がありどこかに嫁げば、その舌鋒も次第に和らぐこともあったのでしょうが、あいにくと薫子は醜女。
醜い、気性が激しい、思想が偏っている。
このような娘を妻としたい男はおらず、薫子の人生はひたすらに学問の道だけになっていたのです。
維新が果たされて、時代は明治。
かつては同じ尊皇攘夷の志をもっていた志士たちは、維新の中で尊王討幕へと変節して新しい政府を樹立してしまったのに、薫子は変わらない。
それどころか、西洋化していく日本を憂い、新政府への批判として建白書を繰り返し出したのです。
曲がりなりにも昭憲皇太后の教育係ということで、政治力が増したものの、そのようなことばかりしているために危険人物としてマークされて、ついにはある事件に連座して罪に問われ幽閉ということになってしまいました。
やがて幽閉が解かれ、時代に取り残された彼女は、その志を抱いたまま漂白の人生を送ることになるのでした。
印象的な場面として、罪人となった薫子が病となり実家の屋敷に預け替えとなる場面で父が薫子にこう語りかけるところがあります。
薫子を学問が出来ても時勢を読むことが出来なかった愚かな女ということが見る人もいるでしょうが、信念を曲げることが出来なかったことを責める事がどうしてできるでしょうか。
いや、むしろ、あれほど西洋諸国の脅威から日本を守れと言っていた人間が、明治維新後に素知らぬ顔して洋服を着て政府の重職についている姿が道化のようにも見えるような気がします。
誰も彼もが時代に翻弄され、二十年、三十年前には予想もしていなかった新しい日本ができてしまった。薫子はその時代の中で、不器用に生きて国を憂う気持ちが報われることなく不遇の生涯を終えることになっただけのように思えるのです。
女志士として時代の前を生きていたはずが、いつのまにか後に取り残されてしまった薫子の姿に、物悲しさを感じる作品でした。
『大乱の火種』
応仁の乱の切っ掛けになった畠山家の家督争いを題材とした話です。
政国が甥の政長を養子とした後に、妾との間に義就が生まれてしまったことから、日本を揺るがす乱世が始まります。結末に杉本先生が、ある『もしかしたら』という要素を入れたことで、その騒動の様相ががらりと変わるのが面白い。
『光源院殿始末記』
剣豪将軍と知られる義輝。
応仁の乱を経てますます弱体化した足利将軍家の有様を、義輝の側に仕える上野与八郎の目を通して映し出します。義輝と衆道の関係にあった与八郎を襲った出来事、そこから生まれた嫉妬が、悲劇を招くというところがなんともいえない。
『初陣』
家康の華々しいとはいえない初陣。今川家にいいように使われる立場の家康が用心深く戦を行う姿を描きます。
『鎧われた花』
苛烈なまでに妻を愛した細川忠興とその妻珠子。
珠子が明智光秀の娘であるがゆえに、本能寺の変でどのような決断をすればよいのか、揺れ動く細川家を描く作品です。
妻を束縛する忠興の心が、後々関が原での悲劇にも繋がるわけですが、その発端がこのときにあったという切り口で書かれており、因果というものを深く感じさせます。
『「名君」の史筆』
テレビでおなじみの水戸黄門、光圀の実際はどうだったのかと迫る作品。
光圀の偉業として知られる『大日本史』について逆にダメ出しする辛口な内容が、新鮮で面白い。
『獄門に死す』
郡上八幡の一揆といえば、幕府を揺るがした大騒動ですが、その中で一人の講釈師が獄門に処せられました。
その男は馬場文耕。
事件を取材して体制批判の講談をしたために、江戸時代で唯一処刑された講釈師です。
というと、なんとも立派な活動家のように聞こえますが、杉本先生は馬場文耕をそんな大人物ではなく、事件の本質ではなく一部分だけを取り上げて批判をした小物として切り捨てています。
まぁ、現代でも事件が起きたときに声高に主張をして目立つ人間というのがいますよね。間違ったことは言っていなくてもパフォーマンスの派手さで、過大評価されてしまうってやつです。
『ある悲劇』
天誅組の中心であった吉村寅太郎に焦点を当てた作品です。
信念に従って行動することと、過激な行動をすることを混同してしまった天誅組。
この作品では、民に慕われる代官を殺すなど彼らがひどく子供じみた集団のように書かれていますが、その失敗が明治維新の火蓋となったことを考えると、歴史というのは皮肉な一面を持っていると感じます。
『稲田騒動』
蜂須賀小六は秀吉と出会ったことで運が開けるのですが、その影では稲田九郎兵衛という幼友達の助けがありました、以来、蜂須賀家を支える重臣として稲田家は存在していくのです。
ところが明治維新で、藩は残ったものの家禄をすべて十分の一にするという明治政府の意向に、大名並みの禄を食んでいた稲田家が不満を唱え、藩からの独立を政府に働きかけたのです。
それが戦国より一蓮托生とも言える仲であった主家とののっぴきならない争いへと展開していきます。
明治維新でいろいろな揉め事が起きたことは知っていましたが、家禄が減ることでこのような騒動が起きていたのを知りませんでした。忠義ということを考えれば、主家が苦しいのであれば、家臣としてもその苦しみをともに味わうというのが筋だと思うのですが、稲田家は大名並みというプライドゆえに、このような騒動を引き起こしてしまうというのはなんとも浅ましい。
この短編集の表題作になっている『秋蘭(しゅうらん)という女』の主人公である若江薫子(わかえにおこ)は、菅原道真公を祖先とする(とはいっても長い歴史の中で、何度か絶えては再興しているようなので、家名としては続いていても血脈としてはどうなのか?)学問に優れた若江家の娘です。
彼女は、若江家という恵まれた環境にあったことも影響してか幼少の頃より神童として公家社会に名を知られる存在でした。
そのおかげで、後の明治天皇の后である昭憲皇太后、一条美子の教育係として抜擢され、その才能をいかんなく発揮するわけですが、ただの教育係であったならば歴史の中に埋もれてしまっていたでしょう。
彼女がただの才女ではない点はただひとつ、徹底的な尊王攘夷思想が根付いてしまっていたことです。
その深い学識を土台として、攘夷攘夷をひたすらに突き進む。
少しでも西洋の文化が感じられるものを憎み、それを使う人間に対して巧みな弁舌で非難する。
親である量長(かずなが)でさえ手を余すほどの女性になってしまいました。
もし、良い縁がありどこかに嫁げば、その舌鋒も次第に和らぐこともあったのでしょうが、あいにくと薫子は醜女。
醜い、気性が激しい、思想が偏っている。
このような娘を妻としたい男はおらず、薫子の人生はひたすらに学問の道だけになっていたのです。
維新が果たされて、時代は明治。
かつては同じ尊皇攘夷の志をもっていた志士たちは、維新の中で尊王討幕へと変節して新しい政府を樹立してしまったのに、薫子は変わらない。
それどころか、西洋化していく日本を憂い、新政府への批判として建白書を繰り返し出したのです。
曲がりなりにも昭憲皇太后の教育係ということで、政治力が増したものの、そのようなことばかりしているために危険人物としてマークされて、ついにはある事件に連座して罪に問われ幽閉ということになってしまいました。
やがて幽閉が解かれ、時代に取り残された彼女は、その志を抱いたまま漂白の人生を送ることになるのでした。
印象的な場面として、罪人となった薫子が病となり実家の屋敷に預け替えとなる場面で父が薫子にこう語りかけるところがあります。
「薫子」
よわよわしく、量長は呼びかけた。
「お前は藩政をにくみ、王政復古を待ちのぞんでいた。そのくせ新政府になればなったで、その政府に捕らえられた。憂国の至情に従って行動していると信じながら、その行動によって罰せられたのだ。……これはどういうことなのか」
「!」
「わしにはわからない。わかろうとも思わんが……。なあ薫子、こんどこの服罪を機(しお)に志士づきあいから身をひき、和歌漢学の師匠として、どうか余生だけは穏やかに送っておくれ。――それが父の願いだ。たった一つの望みだよ」
その縷々にも、薫子は顔をそむけたままひと言も答えなかったが、痩せとがった肩のあたりには、醜く生まれついた学者むすめの三十七歳の孤独が、さむざむと滲み出ていた。
薫子を学問が出来ても時勢を読むことが出来なかった愚かな女ということが見る人もいるでしょうが、信念を曲げることが出来なかったことを責める事がどうしてできるでしょうか。
いや、むしろ、あれほど西洋諸国の脅威から日本を守れと言っていた人間が、明治維新後に素知らぬ顔して洋服を着て政府の重職についている姿が道化のようにも見えるような気がします。
誰も彼もが時代に翻弄され、二十年、三十年前には予想もしていなかった新しい日本ができてしまった。薫子はその時代の中で、不器用に生きて国を憂う気持ちが報われることなく不遇の生涯を終えることになっただけのように思えるのです。
女志士として時代の前を生きていたはずが、いつのまにか後に取り残されてしまった薫子の姿に、物悲しさを感じる作品でした。
『大乱の火種』
応仁の乱の切っ掛けになった畠山家の家督争いを題材とした話です。
政国が甥の政長を養子とした後に、妾との間に義就が生まれてしまったことから、日本を揺るがす乱世が始まります。結末に杉本先生が、ある『もしかしたら』という要素を入れたことで、その騒動の様相ががらりと変わるのが面白い。
『光源院殿始末記』
剣豪将軍と知られる義輝。
応仁の乱を経てますます弱体化した足利将軍家の有様を、義輝の側に仕える上野与八郎の目を通して映し出します。義輝と衆道の関係にあった与八郎を襲った出来事、そこから生まれた嫉妬が、悲劇を招くというところがなんともいえない。
『初陣』
家康の華々しいとはいえない初陣。今川家にいいように使われる立場の家康が用心深く戦を行う姿を描きます。
『鎧われた花』
苛烈なまでに妻を愛した細川忠興とその妻珠子。
珠子が明智光秀の娘であるがゆえに、本能寺の変でどのような決断をすればよいのか、揺れ動く細川家を描く作品です。
妻を束縛する忠興の心が、後々関が原での悲劇にも繋がるわけですが、その発端がこのときにあったという切り口で書かれており、因果というものを深く感じさせます。
『「名君」の史筆』
テレビでおなじみの水戸黄門、光圀の実際はどうだったのかと迫る作品。
光圀の偉業として知られる『大日本史』について逆にダメ出しする辛口な内容が、新鮮で面白い。
『獄門に死す』
郡上八幡の一揆といえば、幕府を揺るがした大騒動ですが、その中で一人の講釈師が獄門に処せられました。
その男は馬場文耕。
事件を取材して体制批判の講談をしたために、江戸時代で唯一処刑された講釈師です。
というと、なんとも立派な活動家のように聞こえますが、杉本先生は馬場文耕をそんな大人物ではなく、事件の本質ではなく一部分だけを取り上げて批判をした小物として切り捨てています。
まぁ、現代でも事件が起きたときに声高に主張をして目立つ人間というのがいますよね。間違ったことは言っていなくてもパフォーマンスの派手さで、過大評価されてしまうってやつです。
『ある悲劇』
天誅組の中心であった吉村寅太郎に焦点を当てた作品です。
信念に従って行動することと、過激な行動をすることを混同してしまった天誅組。
この作品では、民に慕われる代官を殺すなど彼らがひどく子供じみた集団のように書かれていますが、その失敗が明治維新の火蓋となったことを考えると、歴史というのは皮肉な一面を持っていると感じます。
『稲田騒動』
蜂須賀小六は秀吉と出会ったことで運が開けるのですが、その影では稲田九郎兵衛という幼友達の助けがありました、以来、蜂須賀家を支える重臣として稲田家は存在していくのです。
ところが明治維新で、藩は残ったものの家禄をすべて十分の一にするという明治政府の意向に、大名並みの禄を食んでいた稲田家が不満を唱え、藩からの独立を政府に働きかけたのです。
それが戦国より一蓮托生とも言える仲であった主家とののっぴきならない争いへと展開していきます。
明治維新でいろいろな揉め事が起きたことは知っていましたが、家禄が減ることでこのような騒動が起きていたのを知りませんでした。忠義ということを考えれば、主家が苦しいのであれば、家臣としてもその苦しみをともに味わうというのが筋だと思うのですが、稲田家は大名並みというプライドゆえに、このような騒動を引き起こしてしまうというのはなんとも浅ましい。
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- 出版社:講談社
- ページ数:234
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