ぽんきちさん
レビュアー:
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女たちはなぜその絵を描いたのか
福岡・筥崎宮に1つの大作絵画が所蔵されている。
大東亜戦皇国婦女皆働之図 春夏の部。
186.0x300.0の画面には、海や山、農村、家庭、工場、市中、さまざまな場所で働く女性たちの姿が描き出されている。
描いた画家もまた女性。女流美術家奉公隊と称する40人ほどのグループである。
本書では、彼女らがどのような経緯でこの絵を描き、この絵が九州の神社に所蔵されるまでに何があったかを追う。
先日、「女たちの戦争画」というTVドキュメンタリーが放送された。この絵を写真家の大石芳野が追うものである。興味深く視聴し、少々背景などを調べていたら、本書に行き当たった。著者は番組にも登場していた美術史研究者である。
戦争にはプロパガンダがつきものだ。人の心に感動を与える芸術は、ときに戦争と結びつき、戦意高揚をあおる道具になりうる。
男性画家による戦争画については比較的よく知られているが、その陰で、女性画家もまた、戦争画に関与してきた。
女流美術家奉公隊を率いたのは長谷川春子。作家・長谷川時雨の妹にあたる。時雨は自身も作家であったが、また女性芸術家の地位向上に力を尽くした人である。春子に画家の道を勧めたのも時雨だった。春子は、時雨が創刊した「女人藝術」の挿絵などを描き、その実力を認められる。当時としては珍しくパリに留学し、藤田嗣治の知己も得ている。
時勢が徐々に戦争へと傾いていく中、春子は比較的積極的に戦争と関わりを持ち始めていく。姉の時雨が「輝ク部隊」を結成したのも影響があったのかもしれない。春子は中国戦線に慰問に訪れ、現地レポートを書き、人気を博す。得意の絵で挿絵を入れたのも受けたようだが、文才もあったのだろう。
そうした中で、軍部の指導の下、奉公隊が結成され、春子はそれを率いる形になる。元々ちゃきちゃきの江戸っ子、姉御肌で面倒見がよく、仕切り役にはぴったりな性格でもあったようだ。
一方で、当時の女性画家たちは、全体に窮屈な立場だった。多くのものは、洋画は女性らしくないからと日本画を学ぶよう強いられ、画題も花鳥風月や女性・子供に限られ、「女性らしい」画風が求められる。地位も男性画家より低かった。
戦時、物資が乏しくなっていくと、彼女らは絵具の調達にも困っていった。
そうした中で、軍の管轄の団体に属すれば、何かと便宜を図ってもらえる。そんな事情で奉公隊に参加したものも少なくなかったようである。
奉公隊としての最初の大きな仕事は「戦ふ少年兵」展であった。子供を描くという点ではそれまで女性画家たちが手掛けてきた画題とも遠くなかった。何よりこれは、兵力が不足してくる中、少年兵を増やそうと、母親たちに訴えかける狙いがあった。成果のほどは不明だが、女性画家を使うことで母たちにアピールしようとしたのだ。
「皆働之図」は、描くのも女性、描かれるのもほぼ女性である。銃後の守りとして女性たちがさまざまに働いている図である。当時、軍が開催する美術展はかなりの人気であり、多くの人が詰めかけた。それに合わせて短期間で描かれたものである。「春夏」と「秋冬」の2枚が残る(「秋冬」は靖国神社所蔵)。
大画面にオムニバス形式で描かれたこの絵は、ほとんどの部分、新聞の写真を下絵としている。農村女性、女性消防団、女子学生旋盤工、女子踏切番などの新聞記事の写真を貼り付けて下絵とし、分担して油絵の合作としたのである。細部を見ていくと、当時、どのような仕事があったのかがわかり、そのあたりも興味深い。
そして敗戦。
戦争責任が問われる中で、画家たちにも非難の声は及んだ。男性画家では藤田嗣治が責任を覆いかぶせられる形になったが、女性画家では、「日本美術会」により、「戦争責任を負ふべき者」として長谷川春子のみが挙げられる。その後、さまざまな経緯はあったようだが、戦後、春子は画壇からは身を引き、主に文筆などで身を立てていく。
「皆働之図」は、米軍の命により、戦争画を回収していた藤田らの手で焼却されるはずだった。だが、春子は残すことを強く主張。親交のあった筥崎宮に引き取られることになる(その後、「秋冬」のみが靖国神社に移管される(絵の中に靖国神社が描かれていたため))。
芸術的な価値はともかく、1組の絵をめぐり、当時の女性美術家たちの置かれた立場や社会の空気感も浮かび上がってくる。
丁寧な研究と感じさせる。
大東亜戦皇国婦女皆働之図 春夏の部。
186.0x300.0の画面には、海や山、農村、家庭、工場、市中、さまざまな場所で働く女性たちの姿が描き出されている。
描いた画家もまた女性。女流美術家奉公隊と称する40人ほどのグループである。
本書では、彼女らがどのような経緯でこの絵を描き、この絵が九州の神社に所蔵されるまでに何があったかを追う。
先日、「女たちの戦争画」というTVドキュメンタリーが放送された。この絵を写真家の大石芳野が追うものである。興味深く視聴し、少々背景などを調べていたら、本書に行き当たった。著者は番組にも登場していた美術史研究者である。
戦争にはプロパガンダがつきものだ。人の心に感動を与える芸術は、ときに戦争と結びつき、戦意高揚をあおる道具になりうる。
男性画家による戦争画については比較的よく知られているが、その陰で、女性画家もまた、戦争画に関与してきた。
女流美術家奉公隊を率いたのは長谷川春子。作家・長谷川時雨の妹にあたる。時雨は自身も作家であったが、また女性芸術家の地位向上に力を尽くした人である。春子に画家の道を勧めたのも時雨だった。春子は、時雨が創刊した「女人藝術」の挿絵などを描き、その実力を認められる。当時としては珍しくパリに留学し、藤田嗣治の知己も得ている。
時勢が徐々に戦争へと傾いていく中、春子は比較的積極的に戦争と関わりを持ち始めていく。姉の時雨が「輝ク部隊」を結成したのも影響があったのかもしれない。春子は中国戦線に慰問に訪れ、現地レポートを書き、人気を博す。得意の絵で挿絵を入れたのも受けたようだが、文才もあったのだろう。
そうした中で、軍部の指導の下、奉公隊が結成され、春子はそれを率いる形になる。元々ちゃきちゃきの江戸っ子、姉御肌で面倒見がよく、仕切り役にはぴったりな性格でもあったようだ。
一方で、当時の女性画家たちは、全体に窮屈な立場だった。多くのものは、洋画は女性らしくないからと日本画を学ぶよう強いられ、画題も花鳥風月や女性・子供に限られ、「女性らしい」画風が求められる。地位も男性画家より低かった。
戦時、物資が乏しくなっていくと、彼女らは絵具の調達にも困っていった。
そうした中で、軍の管轄の団体に属すれば、何かと便宜を図ってもらえる。そんな事情で奉公隊に参加したものも少なくなかったようである。
奉公隊としての最初の大きな仕事は「戦ふ少年兵」展であった。子供を描くという点ではそれまで女性画家たちが手掛けてきた画題とも遠くなかった。何よりこれは、兵力が不足してくる中、少年兵を増やそうと、母親たちに訴えかける狙いがあった。成果のほどは不明だが、女性画家を使うことで母たちにアピールしようとしたのだ。
「皆働之図」は、描くのも女性、描かれるのもほぼ女性である。銃後の守りとして女性たちがさまざまに働いている図である。当時、軍が開催する美術展はかなりの人気であり、多くの人が詰めかけた。それに合わせて短期間で描かれたものである。「春夏」と「秋冬」の2枚が残る(「秋冬」は靖国神社所蔵)。
大画面にオムニバス形式で描かれたこの絵は、ほとんどの部分、新聞の写真を下絵としている。農村女性、女性消防団、女子学生旋盤工、女子踏切番などの新聞記事の写真を貼り付けて下絵とし、分担して油絵の合作としたのである。細部を見ていくと、当時、どのような仕事があったのかがわかり、そのあたりも興味深い。
そして敗戦。
戦争責任が問われる中で、画家たちにも非難の声は及んだ。男性画家では藤田嗣治が責任を覆いかぶせられる形になったが、女性画家では、「日本美術会」により、「戦争責任を負ふべき者」として長谷川春子のみが挙げられる。その後、さまざまな経緯はあったようだが、戦後、春子は画壇からは身を引き、主に文筆などで身を立てていく。
「皆働之図」は、米軍の命により、戦争画を回収していた藤田らの手で焼却されるはずだった。だが、春子は残すことを強く主張。親交のあった筥崎宮に引き取られることになる(その後、「秋冬」のみが靖国神社に移管される(絵の中に靖国神社が描かれていたため))。
芸術的な価値はともかく、1組の絵をめぐり、当時の女性美術家たちの置かれた立場や社会の空気感も浮かび上がってくる。
丁寧な研究と感じさせる。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:平凡社
- ページ数:215
- ISBN:9784582857801
- 発売日:2015年07月17日
- 価格:907円
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