ぽんきちさん
レビュアー:
▼
作者が若冲の絵の中に見ているもの
伊藤若冲は江戸中期、京都で活躍した異色の絵師である。細密な描写、過剰なほどに溢れる色彩の絹絵、飄々とした禅味が漂う墨絵、しんとした異界に誘うような版画。驚異の技術を持ち、生きとし生けるものを描ききった85年の生涯であった。
本作はこの若冲を主人公に据えた歴史「小説」である。
物語は8つの章からなる。連作集と見ることもできよう。
8つのストーリーを通じて、画家としての頭角を現す壮年期から晩年と死までを追う。
天明の大火や錦市場の再開といった歴史上の事件、池大雅、円山応挙、谷文晁といった同時代人をちりばめ、世界が立体的に立ち上がってくる。市場同士のつばぜり合い、大災害の起きた際の都市の様子などは筆が冴えて読ませる描写である。上記の人物に加えて、交流があったとされる文人・木村蒹葭堂や儒学者・皆川淇園などが、姿は見せないものの、ちらりと名前が織り込まれるあたりが物語に厚みを与えている。
だがしかし、メインのストーリーがいただけない。
作者は若冲の人となりを形成する重要な人物として、架空の人物を複数配する。その架空の人物との事件を通じて、若冲の画風が生み出されたとしている。
なぜ架空の人物との架空の事件を配したか。それは作者が若冲の絵に「負」の感情を見ているからだ。すなわち、人生に対する後悔、自らの「業」、人の醜さ、そういったものを抱えて、生み出されたのが若冲の絵だと捉えているからだ。
その前提がそもそもどうなのか。
若冲の画風は特異かもしれないが、「弱さ」や「苦しみ」が大きな部分を占める絵だとは私には思えない。作中何度も、「え? それは本当に若冲の絵のことを言っているのか?」と奇異な思いに捕らわれた。特徴の具体的な描写(例えば碁盤の目に区切ってそれぞれに色を入れた「鳥獣花木図屏風」の説明など)を読めば若冲の絵について述べているのに疑いはないのだが、その裏に込められているのが負の思いだとは、私には思えない。
同じものを見ても、これほど思うことが違うのか。むしろそのことに驚きを覚える。
もちろん、真相は誰も知らないわけだ。
しかし、わざわざ架空の事件を作り出してまで若冲という奇才の重要な内面を構築する根拠が、もしも作者の「直観」だけだとするならば、少なからず踏み込みすぎで、なおかつ踏み込んだ方向が間違っている印象を個人的には受ける。
江戸の風俗、人物模様という意味ではおもしろかった。しかしここに描かれているのは、「若冲」とは思えない。
*若冲はやっぱり絵を見る方がよいのかもしれません(^^;)。
『伊藤若冲大全』
『若冲百図: 生誕三百年記念』
本作はこの若冲を主人公に据えた歴史「小説」である。
物語は8つの章からなる。連作集と見ることもできよう。
8つのストーリーを通じて、画家としての頭角を現す壮年期から晩年と死までを追う。
天明の大火や錦市場の再開といった歴史上の事件、池大雅、円山応挙、谷文晁といった同時代人をちりばめ、世界が立体的に立ち上がってくる。市場同士のつばぜり合い、大災害の起きた際の都市の様子などは筆が冴えて読ませる描写である。上記の人物に加えて、交流があったとされる文人・木村蒹葭堂や儒学者・皆川淇園などが、姿は見せないものの、ちらりと名前が織り込まれるあたりが物語に厚みを与えている。
だがしかし、メインのストーリーがいただけない。
作者は若冲の人となりを形成する重要な人物として、架空の人物を複数配する。その架空の人物との事件を通じて、若冲の画風が生み出されたとしている。
なぜ架空の人物との架空の事件を配したか。それは作者が若冲の絵に「負」の感情を見ているからだ。すなわち、人生に対する後悔、自らの「業」、人の醜さ、そういったものを抱えて、生み出されたのが若冲の絵だと捉えているからだ。
その前提がそもそもどうなのか。
若冲の画風は特異かもしれないが、「弱さ」や「苦しみ」が大きな部分を占める絵だとは私には思えない。作中何度も、「え? それは本当に若冲の絵のことを言っているのか?」と奇異な思いに捕らわれた。特徴の具体的な描写(例えば碁盤の目に区切ってそれぞれに色を入れた「鳥獣花木図屏風」の説明など)を読めば若冲の絵について述べているのに疑いはないのだが、その裏に込められているのが負の思いだとは、私には思えない。
同じものを見ても、これほど思うことが違うのか。むしろそのことに驚きを覚える。
もちろん、真相は誰も知らないわけだ。
しかし、わざわざ架空の事件を作り出してまで若冲という奇才の重要な内面を構築する根拠が、もしも作者の「直観」だけだとするならば、少なからず踏み込みすぎで、なおかつ踏み込んだ方向が間違っている印象を個人的には受ける。
江戸の風俗、人物模様という意味ではおもしろかった。しかしここに描かれているのは、「若冲」とは思えない。
*若冲はやっぱり絵を見る方がよいのかもしれません(^^;)。
『伊藤若冲大全』
『若冲百図: 生誕三百年記念』
お気に入り度:





掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
- この書評の得票合計:
- 37票
| 読んで楽しい: | 2票 | |
|---|---|---|
| 素晴らしい洞察: | 2票 | |
| 参考になる: | 27票 | |
| 共感した: | 6票 |
|
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。
この書評へのコメント
- クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。

コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:文藝春秋
- ページ数:358
- ISBN:9784163902494
- 発売日:2015年04月22日
- 価格:1728円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。























