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Wings to fly
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大胆な構図と精緻な筆遣いで描かれた、絵師の業を魂に宿す男の肖像画。
伊藤若冲という名を知ったのは、「若冲ミラクルワールド 驚異の光の絵師」というNHKの特番(ナビゲーターは嵐の大野君)だ。まさに驚異だった。あまりにも細密に描かれた鳥や草木。若冲の筆先から現れた生き物たちの姿は素朴で伸びやかで、それが絢爛たる色彩の中に描かれている。まるで命の輝きを表現しているように思えた。

若冲の生涯を描いた本書には、そんな印象とは全く違う記述がある。
「決して結ばれぬ鴛鴦、咲き乱れる紫陽花の下、奇妙な隔たりをもって対峙する雄雌の鶏。美しくとも生の喜びの欠落した絵に、妻を死なせた悔いを託す・・・・」

若冲は、徳川吉宗が将軍になった年(1716)に京都の老舗青物問屋の長男として生まれた。家業のかたわら絵を描き続けたが、40歳で弟に家督を譲る。以後85歳で亡くなるまで作画ひと筋に生きた。作者はその史実に、妻と義弟・腹違いの妹という架空の人物を投入している。異母妹の視線で進む物語は、脇役に池大雅、丸山応挙や与謝蕪村ら同時代の画家を配し、18世紀後半の京都の文化的雰囲気が肌で感じられる。また若冲が絵に込めた思い、80歳を過ぎてなお作品を生みだし続けた活力の理由、などに迫る意欲作である。

ストーリーは非常に面白い。だが、のどに刺さった魚の骨みたいな小さな違和感も覚えた。澤田さんはこの絵師の人物像の根幹に、妻の自殺への悔恨と、生涯のライバルとの相克を据えている。若冲の素晴らしい観察眼の裏に、生きてここに在る命へ愛を感じていた私は戸惑った。

誰も真面目に歌なんか詠まずにお餅を焼きお酒を飲み寝そべってのんびりしている歌人たち(「三十六歌仙図屏風」)、垂れ耳で丸い目の子犬がモフモフ百匹戯れている姿(「百犬図」)や、月光を浴びて神秘的に煌めく梅の花(「梅花皓月図・動植綵絵」)を描いた人のイメージには合わないような気がして。

しかし澤田さんはきっと、若冲の絵の異様なまでの美しさに、なにかしら不吉なものを感じたのだろう。力を持つ絵ほど想像力を刺激し、人それぞれの心に物語を紡ぎだす。本書は大胆な構図と精緻な筆遣いで描かれた、絵師の業を魂に宿す男の肖像画である。まるで一幅の絵のような小説だ。



*澤田瞳子さんの大ファンでございます。本書は直木賞候補でしたが、惜しくも受賞を逃しました。でもいつか必ずその日は来ると信じています。

~澤田作品の過去書評~

『満つる月の如し 仏師・定朝』
『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』』
『日輪の賦』
『泣くな道真 大宰府の詩』


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この書評へのコメント

  1. 小太郎2015-09-15 10:22

    この本と高田さんの「烏の伝言」がもうすぐ図書館から回ってきます。
    ハヤカワ素晴らしい企画ですね、既読本ほとんど出てしまいましたww

  2. Wings to fly2015-09-15 10:31

    小太郎さん
    澤田さんは時代小説の次世代を担う作家さんだと思います。オススメ!
    ハヤカワ読破企画、既読作品の書評も大歓迎なんですよ。小太郎さんも参加して下さい〜m(_ _)m

  3. No Image

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