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三太郎さん
三太郎
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他人と話が通じないのをバカの壁と言った人がいますが、本当は環世界が異なるからだというべきだったのかも。
動物の行動を記述するのに「環世界」という概念を最初に打ち出したユクスキュルの著作の新訳。この本はまず、デカルト流の「生物機械論」を痛烈に批判するところから始まっている。デカルトによれば人間以外の動物はすべて精巧な機械であり、人間だけが例外で魂あるいは理性を持っているとされている。これを信じる人にとっては動物の行動の研究は機械のメカニズムの研究にすぎない。20世紀の初めにはまだデカルト流の機械論が主流だったらしい。

著者が想定するのは、その動物特有の知覚世界と作用世界があり、それを繋ぐのがその動物特有の内的世界だということだ。ダニにだって固有の内的世界があり、その内的世界を通してダニの行動を理解しようというのが著者の環世界の概念らしい。

ダニのような中枢神経を持たない動物の行動は単純な反射運動の連動の様に見える。ダニは木の枝に登って獲物を待ち、真下を獲物の動物が通ると落下して取りつき、皮膚の上を這いまわって皮膚の薄い部分を見つけ、そこを食い破って獲物の血液を吸う。でも実際のダニは視覚がないのでダニは獲物の動物を見ている訳ではなくて、単に匂いがしたら落下し、獲物の体温を手掛かりに体毛の間を移動して皮膚の柔らかい部分にかみつく。ダニには味覚がないので実際には体液を吸っているのかどうかを認識できないのだという。ダニは臭覚と触覚と温度の感覚にのみ頼っているので、ダニの内的世界と人間の内的世界の大きな違いに驚かされる。

また著者は動物の行動を「本能」という言葉で解釈することを嫌っている。アンリ・ファーブルは昆虫の行動を本能で説明したが、本能という言葉から動物が何かの目的に沿って行動していると捉えるのはおかしいという。本能の替わりに「個体を越えた自然の設計」という概念を提唱している(正直分かりにくいが)。

デカルトの機械論やファーブルの本能論には一神教的な、人間中心の世界観が感じられる。著者はそれを批判しているのかも知れない。ダニにだって鳥にだって内的世界を作り出す主体がある。それは人間のそれとはまったく異なる、ということが言いたかったのかも。

ダニよりも高度な動物の行動は単なる反射では理解できない。ヤドカリがイソギンシャクに出会った場合、そのイソギンシャクを自分の貝殻の上に着けて外敵から身を守る場合もあれば、イソギンチャクを食べてしまう場合もある。このような行動の違いは作用トーン(気分)の違いから生じたと考えられる。同じ個体が作用トーンの異なる複数の環世界を持っている。

どんな動物でもこの世界を客観的に観ることはできない。主観的に観れるだけである。客観的な現実は存在せず、ただ主観的な現実があるだけである。

実際、魔術的環世界というものがある。人間は実際にはないものをあるかのように見てしまうことがあるが、動物にも同様なことが起こる。あるホシムクドリが、実際には存在しない想像上のハエをぱくっと捕まえて食べる仕草をしたという。

最後に著者は自然界を研究する天文学者や深海の研究者や原子物理学者の環世界を描き出して見せている。ただし化学者の環世界については描き出すのが難しいとスルーされてしまったのが、個人的にはちょっと寂しかったかな。

科学者同士でも専門分野が異なると話が通じないのは異なる環世界に住んでいるからなのでしょうね。
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三太郎
三太郎 さん本が好き!1級(書評数:830 件)

1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。

長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。

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