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アイスランドならではの事情を活かした、北欧ミステリーです。
北欧の島国アイスランドを舞台に繰り広げられるミステリー、「湿地」(アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由美子訳:創元推理文庫)。
レイキャビクの湿地帯にあるアパートの地下にある部屋の住人であるホルベルクという老人が死体で見つかる。死体の上に残されていた紙には、〈おれはあいつ〉という謎のメッセージが書かれていた。当初は、杜撰で不器用な「典型的なアイスランドの殺人」と見られていたこの事件だが、次第に、事件の裏に潜む大きな闇が明らかになってくる。
被害者は、かってレイプ事件を起こしていたが、不起訴になっていた。対応した悪徳警官がまともに対応しなかったためだ。彼の部屋には、墓の写真が残されていた。墓の主は、彼にレイプされたコルブルンという女性が産んだウイドルという女の子。脳腫瘍による、わずか4歳の死だった。そしてコルブルンも、その3年後に自殺していた。
この事件を調べるのは、エーレンデュルというレイキャビク警察の犯罪捜査官。このホルベルクという被害者、実はとんでもない奴で、捜査が進むに連れて、その非人間性がどんどん暴かれていく。彼のPCには、獣姦ものや、ゲイもののおびただしいポルノが残っていたし、レイプ被害者もコルブルンだけではなく、もう一人いたようだ。そして、彼の姪も、ウイドルのように脳腫瘍で死亡していた。
本書では、「遺伝」が重要なキーワードだ。アイスランドは、遺伝子研究の先進国である。人口わずか30数万人で、民族的な均質性が高く、家系は1000年昔までたどれるという。そのため、遺伝子研究が行いやすく、国を挙げて国民の遺伝子データベースづくりを推進しているというのだ。事件の背景には、そんなアイスランド特有の事情が深く絡まり、いかにもアイスランドらしい興味深いミステリーとなっている。人口1億数千万人で遺伝子的にも雑多な我が国では、同じような話を成立させることは、おそらく難しいだろう。
この遺伝子データベースは、作品で重要な位置を占めるガジェットであるが、殺人事件に繋がるくらいだから、もちろん、好意的には書かれていない。本作のテーマの一つは、この遺伝子データベースに関する批判があるのではないか。
この作品は、ただ殺人事件を追うというだけではない。味付けに、父親と娘の関係が、もう一つのテーマとして織り込まれているのだ。エーレンデュルは、妻とは離婚、娘と息子がいる。ところが、警察官の子供なのに、娘は薬物中毒で、おまけに妊娠までしてしまったらしい。息子の方も、少年厚生施設に何度も入れられているようだ。息子の方は、直接は登場ぜす影が薄いのだが、娘のエヴァ=リンドは、エーレンデュルとかなり関わってくる。これが、父親に金をせびりに来たり、ヤク中の集まる家でラリっていたりと、不良娘度丸出しなのだ。しかし、エーレンデュルが娘のためにかなり動いたこともあり、物語が進むにつれて、二人の関係は、次第に改善し、絆を取り戻していく。父親というのは、息子はともかく、娘は見捨てられないというのは、万国共通なのだろうか。
広大な北の湿地のように、なんともつかみどころがないように見えた事件も蓋を開けてみると、なんとも痛ましいものだった。被害者は因果応報と言ってもいいくらいなのだが、加害者にとっては耐えられない悲劇。エーレンデュルと娘が絆を取り戻す話が織り込まれていなければ、読後感は、もっと沈痛なものになっていただろう。
(余談)
訳文が気になったところがある。これらは、日本語と西欧語の違いから起きることだと思うが、単に横のものを縦に直すのでなく、工夫してみても良いのではないかと思う。
①p129で、「そのとおり」と言って、医者が首を横に振っている場面があるが、肯定しているのに、首を横に振るというのは違和感がある。原文を確かめないとはっきりしたことは言えないが、否定疑問で聞かれた場合の返事の仕方に関係しているのではないかと思う。「~していない?」という聞かれ方をされた場合に、日本語では、「はいしていません」と答える場合、西欧では「NO」と答えるというあれだ。
②日本では、アパートというと、普通は集合住宅全体を指すが、この作品では、個々の部屋をアパートと呼び、全体は建物と訳している。
レイキャビクの湿地帯にあるアパートの地下にある部屋の住人であるホルベルクという老人が死体で見つかる。死体の上に残されていた紙には、〈おれはあいつ〉という謎のメッセージが書かれていた。当初は、杜撰で不器用な「典型的なアイスランドの殺人」と見られていたこの事件だが、次第に、事件の裏に潜む大きな闇が明らかになってくる。
被害者は、かってレイプ事件を起こしていたが、不起訴になっていた。対応した悪徳警官がまともに対応しなかったためだ。彼の部屋には、墓の写真が残されていた。墓の主は、彼にレイプされたコルブルンという女性が産んだウイドルという女の子。脳腫瘍による、わずか4歳の死だった。そしてコルブルンも、その3年後に自殺していた。
この事件を調べるのは、エーレンデュルというレイキャビク警察の犯罪捜査官。このホルベルクという被害者、実はとんでもない奴で、捜査が進むに連れて、その非人間性がどんどん暴かれていく。彼のPCには、獣姦ものや、ゲイもののおびただしいポルノが残っていたし、レイプ被害者もコルブルンだけではなく、もう一人いたようだ。そして、彼の姪も、ウイドルのように脳腫瘍で死亡していた。
本書では、「遺伝」が重要なキーワードだ。アイスランドは、遺伝子研究の先進国である。人口わずか30数万人で、民族的な均質性が高く、家系は1000年昔までたどれるという。そのため、遺伝子研究が行いやすく、国を挙げて国民の遺伝子データベースづくりを推進しているというのだ。事件の背景には、そんなアイスランド特有の事情が深く絡まり、いかにもアイスランドらしい興味深いミステリーとなっている。人口1億数千万人で遺伝子的にも雑多な我が国では、同じような話を成立させることは、おそらく難しいだろう。
この遺伝子データベースは、作品で重要な位置を占めるガジェットであるが、殺人事件に繋がるくらいだから、もちろん、好意的には書かれていない。本作のテーマの一つは、この遺伝子データベースに関する批判があるのではないか。
この作品は、ただ殺人事件を追うというだけではない。味付けに、父親と娘の関係が、もう一つのテーマとして織り込まれているのだ。エーレンデュルは、妻とは離婚、娘と息子がいる。ところが、警察官の子供なのに、娘は薬物中毒で、おまけに妊娠までしてしまったらしい。息子の方も、少年厚生施設に何度も入れられているようだ。息子の方は、直接は登場ぜす影が薄いのだが、娘のエヴァ=リンドは、エーレンデュルとかなり関わってくる。これが、父親に金をせびりに来たり、ヤク中の集まる家でラリっていたりと、不良娘度丸出しなのだ。しかし、エーレンデュルが娘のためにかなり動いたこともあり、物語が進むにつれて、二人の関係は、次第に改善し、絆を取り戻していく。父親というのは、息子はともかく、娘は見捨てられないというのは、万国共通なのだろうか。
広大な北の湿地のように、なんともつかみどころがないように見えた事件も蓋を開けてみると、なんとも痛ましいものだった。被害者は因果応報と言ってもいいくらいなのだが、加害者にとっては耐えられない悲劇。エーレンデュルと娘が絆を取り戻す話が織り込まれていなければ、読後感は、もっと沈痛なものになっていただろう。
(余談)
訳文が気になったところがある。これらは、日本語と西欧語の違いから起きることだと思うが、単に横のものを縦に直すのでなく、工夫してみても良いのではないかと思う。
①p129で、「そのとおり」と言って、医者が首を横に振っている場面があるが、肯定しているのに、首を横に振るというのは違和感がある。原文を確かめないとはっきりしたことは言えないが、否定疑問で聞かれた場合の返事の仕方に関係しているのではないかと思う。「~していない?」という聞かれ方をされた場合に、日本語では、「はいしていません」と答える場合、西欧では「NO」と答えるというあれだ。
②日本では、アパートというと、普通は集合住宅全体を指すが、この作品では、個々の部屋をアパートと呼び、全体は建物と訳している。
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昨年は2月に腎盂炎、6月に全身発疹と散々な1年でした。幸いどちらも、現在は完治しておりますが、皆様も健康にはお気をつけください。
この書評へのコメント
- 風竜胆2015-07-09 09:39
>新月雀さん
読むのは、私たち日本人ですから、横のものを縦に訳して違和感を感じるような場合には工夫が必要でしょうね。
明治のころには、西洋人の赤毛になじみがないということで、ホームズの「赤毛組合」を禿頭に直して訳した人がいたそうですw
ロシア語通訳者の故米原万理さんは、「人の褌で相撲を取る」を「人のパンツでレスリングをする」と訳して、ロシアの人にヘンな顔をされたとかw
どちらも、失敗例みたいなものですが、相手にちゃんと伝えたいという気持ちは大切だと思います。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:391
- ISBN:9784488266035
- 発売日:2015年05月29日
- 価格:1058円
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