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あかつき
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天皇には三つの顔がある。そのヒエラルキーは大天皇>立憲君主>大元帥という順なのだが、大天皇には力がなく、大元帥がNoと言った戦線拡大は、閣議決定で是とされたら立憲君主はYesと言わざるを得ない。
『昭和天皇実録』とは、2014年9月に完成した、宮内庁が24年5か月かけて編集した昭和天皇の一代記である。
所詮私は歴史好きであって歴史家ではないので、全61巻全1万2千ページにわたる本書を読み解くことはしないであろうから、歴史家の手を借りて斜め読みさせて頂こう。
本書は、そんな「実録」を前述の半藤氏・保阪氏と、政治学者の御厨貴氏、歴史学者の磯田道史氏が、年代に沿ってあーだこーだ言い合う座談形式を取っている。新書は出版までの速さが第一であるから、こういった形式を採ることにしたのだろうか。
ただ、ここで気を付けねばならないのは、本書は半藤一利氏や保阪正康氏のフィルターを介した「実録」であり、例えば右派論者や天皇の戦争責任を追及したい方々や被占領/併合国の人びとが「実録」を読めばまた全く違う解釈の昭和天皇像が浮かびあがってくるであろうということである。
また、肝腎の昭和6年~20年までの章は半藤氏と保阪氏のみの座談となっている。戦後生まれにゃ語らせないよ、という意思だろうか(邪推)。
そして、「実録」自体が昭和天皇の「正典」で全てを明らかにしているとは思ってはならない。
「実録」は、所詮「宮内庁が後世に残したい昭和天皇像」なのであり、たとえ虚偽はなくとも、本文には意識的に詳細に書かれた部分と、まるで敢えて隠匿したように沈黙を保っている部分という温度差がある。何時何分にだれそれが奏上にきて何時何分に出ていったとかいう時間は詳細に記されているが、彼らに対して天皇がどのような返事をしたか、どのような感情を表したかについては慎重に沈黙を保っているのだ。つまり、有名な「近衛は弱いね」発言や靖国神社のA級戦犯合祀に対する不快の念などは、明記されていない。
さて。書いてみたが、クソ長くなったので逃げるなら今のうちである。

第一章:幼年期(明治34年~大正元年)
幼いころに父母にあてた手紙(全文)や、弟宮たちとの世界一周遊び、研究者としての萌芽を示すような生物への興味、おいたをして叱られたことなどが記されていて、可愛い。
興味深いところは、将来進学希望先を質問されて天皇は「高等師範学校」と答え、秩父宮は(一瞬兄に倣って?)「高等師範学校」、でもその後に「陸軍の学校」と答えているところか。兄弟の性質の違いをよく表していると思う。
勿論、生まれながら軍人天皇としての道を決められていた昭和天皇にそんな進路は赦されていなかったのだけど。

第二章:青年期(大正10年~昭和16年)
ここで明らかになった新事実として、著者らは治安維持法改正(改悪)を、昭和天皇が成立過程の段階で阻止しようとしていたことを挙げる。
総理大臣の田中義一に説明を求め、又さらにその説明に「ご不満を漏らし」、「十分に審議に尽くすよう」求め、更には「御裁可は条件付きとしたい」とまで述べている。
また、「熱河作戦」(満州事変に次ぎ、熱河省をも併合しようとした軍部の作戦)について、統帥権最高命令でもっても止めようとしていたことが目を引く。
しかし、この計画は武官長による「天皇の御命令を以て熱河作戦を中止させようとすれば、ややもすれば大なる紛擾を惹起し、政変の原因となるかもしれず」という脅しに屈してしまう。
また、この時期に天皇は西園寺公望から(著者らの表現によると)「口封じ」を受けている。
統帥権はあっても使えず、政治に口出しは赦されぬ青年君主の挫折が描かれる。

第三章:「昭和天皇の三つの顔」昭和6年~11年
「三つの顔」の一つは「立憲君主」としての顔。一つは、陸海軍を統帥する「大元帥」の顔、そして最後は皇祖に連なる大祭司としての「大天皇(と、いう表記は正しいのか?と思うが)」の顔である。
立憲君主は内閣の決定に否を唱えることはできず(西園寺から叱責あり)、大元帥は軍部の脅しに屈せざるを得ず(熱河作戦が好例)、大天皇は祈ることしかできない。
この最後の「祈り」が良く表れているのが御製歌であり、興味があれば「よみがえる昭和天皇――御製で読み解く87年」を読んでみるとよい。
で、三つの顔のヒエラルキーとしては大天皇>立憲君主>大元帥という順になるが、最上位の「大天皇」には揮える力はない。
実際、「大元帥」がNoと言った満州事変拡大は、閣議決定で是とされたら「立憲君主」はYesと言わざるを得ない。たとえ大元帥と立憲君主が同一人物でも、である。この辺りが日本人らしいこすい手と言えよう。
この時期の天皇の、時には矛盾もある言動は、これら三つの顔をその場面場面で使い分けていたと考えると腑に落ちる。つまり、大元帥として戦果を褒め、立憲君主として政策・作戦に首肯し、大天皇として国民の苦しみを憂うのである。

第四章:「世界からの孤立を止められたか」昭和12~16年
昭和天皇が松岡洋祐を嫌っていた話は有名だ。
実際、「独白録」では三国同盟を押し切った松岡に対し「ヒトラーに買収されたのか」という厳しい言葉を残しているが、「実録」にはその記述はない。
そんでもって、松岡の帰国時、天気が悪いことを天皇が心配している(どーでもいいような)記述がある。これは、松岡復権運動?真相は闇の中。

第五章:「開戦へと至る心理」昭和16年
(日米)開戦について「反対→懐疑→やむなし」に至る天皇の心理を探る。特に11月~12月にかけては非常に面白いので下手に纏めたものを読むより立ち読みすることをお勧めする。
笑えないのは、11月2日天皇に戦争の大義を質問された東条が「目下研究中」と答えるところだ。嘘くさい正義(八紘一宇や大東亜共栄圏)もなく、開戦の一か月前に一国の首相が答えた戦争の大義が「目下研究中」!! なんだ、それ。
彼は今、その大義なき戦で亡くなった人々と共に祀られている。
また、御製歌好きの私には外せない記述が、12月2日。
海軍出身の侍従長から、国民の士気を高める「歌」を詠んで欲しいと請われた天皇が、それをキッパリ拒否している。これはまさしく、天皇の「三つの顔」のヒエラルキー最上位「大天皇」が、開戦を否定した一瞬であろう。

第六章:「天皇の終戦工作」昭和17~20年
第七章:「八月一五日を境として」昭和20~22年
「実録」でも、天皇が開戦初期から虚偽の戦果報告を受けていたことが明らかになった。
上がってくる報告は嘘ばかり。しかし、戦況が傾いていることは明らか。
天皇は、そのような環境の中で、いつ、どうして、「終戦」を決めたのか。
無条件降伏受諾について、天皇は「三つの顔」を自主的に使い分けるが、そこは第七章と併せて読むと良い。
個人的には、敗戦後の天皇が、退位した場合の「その後の生物学御研究の助手及び研究すべき科目に付きお考えを述べられる」ところが面白い。そこですか、陛下。

第八章:「“記憶の王”として」昭和20年~63年
「昭和天皇にはバイオリズムみたいなものがあり、突然何か言いたくなる時期がある」という御厨氏の評が可笑しい。突然大いに喋って、また沈黙する。そうして「独白録」と「拝聴録」が作られたという。
ここで重要なのは、所謂「富田メモ」に残されたA級戦犯合祀に対する不快の念を「実録」には記述していないことだ。宮内庁としてはそこは有耶無耶にしたいらしい。
ところで、「この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひ(憂い)はふかし」という御製歌の上の句(この年の~また)はもっと違うものだったということを今回初めて知った。「その表現が直接的すぎるため側近が歌を変えることを進言した」そうだ。
元の上の句がどんなものだったのか。天皇が真実憂いていたのは靖国の何についてなのか。
「実録」にも勿論記述はない。

これまで一般人の目には伏せられていた宮内庁内の膨大な資料に基づき編纂されたものであるから、やはり面白い発見がある。
しかし、「謎を解く」は言い過ぎであろう。謎は、謎のままだ。

「歴史とは、大いなる暗闇である」 
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あかつき
あかつき さん本が好き!1級(書評数:760 件)

色々世界がひっくり返って読書との距離を測り中.往きて還るかは神の味噌汁.「セミンゴの会」会員No1214.別名焼き粉とも.読書は背徳の蜜の味.毒を喰らわば根元まで.

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この書評へのコメント

  1. バルバルス2017-12-04 15:08

    虚像・偶像に溢れた「大いなる暗闇」の奥で独り項垂れているような昭和天皇の面影に萌えて(不敬な表現やなぁ)、この時代に引きつけられている気がします。

  2. あかつき2017-12-04 15:21

    いや私も完全に萌えです(笑)。
    賛美や批判をしたいのではなく、闇に触れたいのです。「あ、そう」の奥に。

  3. バルバルス2017-12-04 15:42

    そう、ただ”触れたい”のです。ただどうも近代天皇(とくに昭和)の周囲というのは騒々しいのですよね^_^;

  4. No Image

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