かもめ通信さん
レビュアー:
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“その男は長い間ずっと煩わされてきた耳鳴りを自分の「心臓の呻り」だと思っていた。”もしも本を(あるいは作家を)好きになるのに理由がいるのだとしたら、時折耳鳴りに悩まされる私はこのフレーズをあげよう。
ウクライナで生まれ、ロシアで育ったという作家
顔写真の公開をせず、文学賞の授賞式にも姿をみせなかったという“謎”の作家。
生業はトラックの運転手だという寡作の現代作家のデビュー短篇集。
ロシア文学を多く手がけている目利きの出版社、
群像社さんが出した本であるということ、
第2回日本翻訳大賞で惜しくも大賞を逃しはしたが
最終候補作5作に残った1作であることなどから
私にとっては“読まなきゃ本”だった。
いざ手にしてみると思いの外コンパクトな軽量サイズだったが、
中味はこれまた想像以上に濃厚だった。
1ページ以上句点(。)がないような文章が続く作品もある。
きっと原文が長い長いセンテンスで書かれているんだろう。
正直読みづらいがゆっくりと咀嚼するように読みこんでいくと、
なんだか不思議な、それでいて妙にリアルな情景が浮かびあがってくる。
その男は長い間ずっと煩わされてきた耳鳴りを自分の
12歳の少年が村はずれの家の前を素通りしたのは
ということを知っていたからだった。(『葉』)
これはきっと翻訳にあたって相当苦労したことだろう。
翻訳はもとより、原文も一つ一つの言葉が選び抜かれて書かれているに違いない。
巻末の翻訳者解説によれば、原文の文体は“音楽性”を兼ね備えてもいるのだという。
収録された7篇のいずれもに、
精神的に、あるいは肉体的に、なにかしら損なわれたものをもつ者たちが登場する。
その“損なわれた部分”がデフォルメされ、強調されて描かれているがために、
物語は一見するとどこかごつごつとしているにもかかわらず、
つかみ所がない不思議な雰囲気をただよわせている。
だが細部に目をこらすと、読み手にもきっとなにがしかの心当たりがあるに違いない、
人間の欲や業、飢えや渇望が見えてくる。
生業であるトラックの運転手を引退した後の
精力的な文筆活動を期待する声が高まる中で、
作者は昨年その一生に静かにピリオドを打ったという。
だが私は思うのだ。
これほどまでに繊細な物語を紡いでいたのでは、
たとえ専業作家になったとしても“寡黙”にならざるを得なかったであろうと。
じっくりと時間をかけて紡いだ作品だからこそ
これほどまでに研ぎ澄まされているのだろうと。
<収録作品>
出身国・葉・武器・奈落に落ちて・兎眼・根と的・測量技師
顔写真の公開をせず、文学賞の授賞式にも姿をみせなかったという“謎”の作家。
生業はトラックの運転手だという寡作の現代作家のデビュー短篇集。
ロシア文学を多く手がけている目利きの出版社、
群像社さんが出した本であるということ、
第2回日本翻訳大賞で惜しくも大賞を逃しはしたが
最終候補作5作に残った1作であることなどから
私にとっては“読まなきゃ本”だった。
いざ手にしてみると思いの外コンパクトな軽量サイズだったが、
中味はこれまた想像以上に濃厚だった。
1ページ以上句点(。)がないような文章が続く作品もある。
きっと原文が長い長いセンテンスで書かれているんだろう。
正直読みづらいがゆっくりと咀嚼するように読みこんでいくと、
なんだか不思議な、それでいて妙にリアルな情景が浮かびあがってくる。
その男は長い間ずっと煩わされてきた耳鳴りを自分の
心臓の呻りだと思っていた。(『出身国』)
12歳の少年が村はずれの家の前を素通りしたのは
村はずれに住んでいるのはいつでも逃げ出すかまえの陰気で偏屈な人間だ
ということを知っていたからだった。(『葉』)
陽光が砂金のように空を流れていった。(『兎眼』)
これはきっと翻訳にあたって相当苦労したことだろう。
翻訳はもとより、原文も一つ一つの言葉が選び抜かれて書かれているに違いない。
巻末の翻訳者解説によれば、原文の文体は“音楽性”を兼ね備えてもいるのだという。
収録された7篇のいずれもに、
精神的に、あるいは肉体的に、なにかしら損なわれたものをもつ者たちが登場する。
その“損なわれた部分”がデフォルメされ、強調されて描かれているがために、
物語は一見するとどこかごつごつとしているにもかかわらず、
つかみ所がない不思議な雰囲気をただよわせている。
だが細部に目をこらすと、読み手にもきっとなにがしかの心当たりがあるに違いない、
人間の欲や業、飢えや渇望が見えてくる。
生業であるトラックの運転手を引退した後の
精力的な文筆活動を期待する声が高まる中で、
作者は昨年その一生に静かにピリオドを打ったという。
だが私は思うのだ。
これほどまでに繊細な物語を紡いでいたのでは、
たとえ専業作家になったとしても“寡黙”にならざるを得なかったであろうと。
じっくりと時間をかけて紡いだ作品だからこそ
これほどまでに研ぎ澄まされているのだろうと。
<収録作品>
出身国・葉・武器・奈落に落ちて・兎眼・根と的・測量技師
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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- 出版社:群像社
- ページ数:181
- ISBN:9784903619514
- 発売日:2015年05月01日
- 価格:2052円
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