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ぽんきち
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失われゆく言葉、崩れゆく世界。
多和田葉子は、ベルリン在住歴の作家・詩人である。日本語だけでなく、ドイツ語でも著作を行う。各国語の翻訳書も出ている。
昨年、米国図書賞翻訳賞に、「献灯使」の英語訳"The Emissary"が選ばれた()のは記憶に新しいところである。
本書はこの表題作のほか、短編4つを収める。

全般に、言葉に対する鋭敏な感覚を感じさせる。と同時に、作品世界には終末感が漂う。
「献灯使」では、老人は年を取りながらも死ぬこともなく、逆に若者は、鳥のようであったり、咀嚼もままならなかったり、ひ弱で異形な体を持つ。大きな災厄に見舞われた日本は外界から切り離され、外来語も禁止されている。老人の義明は作家である。ひ孫の無名の病弱さを案じつつ、その面倒を見て暮らしている。
閉じた世界はこのまま滅びてしまうのか。もしかしたら日本を救うかもしれない1つの策がある。異形の子供を「献灯使」として外国に送り、健康状態を研究してもらい、また外国の事情も探ろうというのだ。かつて無名の担任であった教師は、彼に白羽の矢を立てるのだが。
崩壊寸前の世界と、使用を禁じられ変質していく言葉が、不思議に共鳴する。
透明で静かな、けれども不穏な世界。

表題作でも感じられるが、他の4編も色濃く大震災の影響を映す。
「不死の島」では2011年の後、クーデターが起こり、さらに大災害に見舞われている。
「彼岸」では、人々は大陸に向けて脱出を試みる。
最後の「動物たちのバベル」は戯曲で、もはや日本に留まらず、人間が滅び、動物たちだけが残っている。
いずれもどこか寓話的である。

2作目の「韋駄天どこまでも」は、やはり終末世界を感じさせるが、ちょっと風変わりで、漢字へのこだわりを感じさせる。
「趣味」をもたなければどんな魅惑の「味」も「未」だ「口」に入らぬうちに人生を走り抜くための「走」力を抜き「取」られて漏水する
とか
(夫は)「品」格のある男だった。「山」が好きで病気知らずだったのに、いつの間にか胃「癌」にかかっていた。
(「」内は原文では太字)という具合。主人公の「東田一子」は、趣味の教室で「束田十子」と知り合うのだが、この2人が災厄の中、ひととき愛し合うことになる。漢字を使った交合シーンが妙に迫力があってエロティックである。

世界観はSF的でもあるが、詩人の鋭敏さを湛える。ときに難解ではあるが、どこか滅びの美しさも見せる。
揺らぐ世界は、もちろん、大震災の影響ではあるのだろうが、ひょっとしたら、異国に長く暮らす著者が、日本語を失いそうになる不安もいささか映し込んでいるのではなかろうか。そう思うと、「献灯使」の英訳は相当に困難だったのではないか。余力があれば、いつか英訳版も鑑賞してみたいところだが。

世界を構築するものは、あるいは言葉なのか。
詩人が織りなす、稀有な独自の世界である。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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