昔からSFには苦手意識を持っている私だが、この「紙の動物園」という、折り紙、ひいては東洋の香りを感じさせるタイトルが気になって、恐る恐る手にした1冊でもある。
表題作はコネチカットに住むある家族の物語。
父親は白人で母親はほとんど英語を解さない中国人。
母は一人息子に紙で動物を折り、その動物たちに不思議な魔法をかける。
幼い息子はそれを大切にしていたが、長じるにつれ周囲の目を気にするようになると同時に、異文化に溶け込もうとしない母にもいらだちを感じ、距離を置くようになる。
ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞を総なめ、史上初の3冠に輝いたというこの作品、ファンタジー的な要素はあるがSF臭はあまりなく、20ページにも満たない短い物語であるにもかかわらず、涙なしでは読めないぐらい切なくいとおしい。
この一作を読んだだけでもうすっかり著者のファンになり、この本を手にしてよかったと思ってしまったのだが、そこはそれすれた読者としては(あとはがっかりだったりして……)等と一抹の不安も頭をもたげるわけで、またまた恐る恐るページをめくると、2作目で完全にノックアウトされた。
この作品だけ読んだなら、作者はきっと日本人か日系人にちがいないと思われるような「もののあわれ」。苦手な宇宙ものではあるにもかかわらず、すっかり魅了されてしまったのだった。
身近にある小さな魔法、宇宙船や永遠の若さ、命の長さと種の保存、“人”の定義とはなんなのか等々、さまざまなバリエーションでつむぐ15篇の作品は、その舞台も地球、宇宙船、どこかの星と変化に富む。
折り紙だけでなく漢字や漢詩が出てきたり、妖しと退治師が登場したり、台湾の二二八事件を下地として描かれた作品まであるという具合に東洋的なものがふんだんに盛り込まれている作品もあれば、アメリカ的、あるいは無国籍宇宙的な雰囲気のものもある。
どれも本当に短い短編であるにもかかわらず、これだけ多様な愛や人間模様、人生論、世界観を表現できる作家の技と引き出しの多さに圧倒されながらさまざまな味わいを堪能できる1冊だ。
オリジナル編集だけあって収録作品や収録順も日本の読者を意識したものになっている上、SFファン以外の読者層への心配りも感じられた。
SFを読みつけない私としては“SF的に観てどうなのか”という評はくだせないが、物語としては、面白さ、深さ、読後感、味わい、読みやすさなどすべての点において高評価。
今年のトップテン入りは間違いなしだと言えるだろう。
とりわけお気に入りを3作選ぶとすれば、「紙の動物園」「文字の占い師」「良い狩りを」あたりか。「選抜宇宙種族の本づくり習性」「太平洋横断海底トンネル小史」も捨てがたい。
ケン・リュウ、新作が楽しみな現代作家がまた一人増えた。





本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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この書評へのコメント
- かもめ通信2015-06-21 09:42
え?ええっ?たけぞうさんごめんなさい。「昇竜拳」って、聞いたことないです。(汗)
ちょっとググってみましたが、ゲームですよね?この本とは関係がないような……あるのかなあ??
ちなみにケン・リュウ(Ken Liu)は英語読み、中国語の表記では劉宇昆(リウ・ユークン)という数々の受賞歴があり今アメリカでもっとも注目されている作家の一人だということです。
私が「日本の読者を意識した編集」と書いたのは、この作家の作品に惚れ込んだ訳者が考え抜いた末に選んだ作品群と、収録順だという気がしたからなのですが~。
この本、ぜひぜひ読んでみて下さい。短編ばかりなので隙間時間でも読めると思います。
たけぞうさんならきっと~落涙されるかとwwクリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - 新月雀2015-06-21 22:25
ちょうど図書館の順番が回ってきたので今日借りてきました。
とりあえず最初の「紙の動物園」をパラパラッと読んでみましたが、確かにSF的な雰囲気はないですね。どちらかというと、折り紙に命を宿すということで、風水とか陰陽道とかが出てくるオカルト小説に近いかもしれませんね。
ただ、その不思議な力もメインではなく物語を動かす小道具になっており、話自体は母子の複雑な関係を描く人間ドラマという色合いのほうが濃いので、ジャンルは何かでカテゴライズするのはあんまり意味がなさそうです。
このタイプの小説なら、SFが得意でない方も大丈夫というのはなんとなくわかります。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- ページ数:413
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