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自分が手にしていた愛の価値に気づかなかった男の生涯もまた、哀しい。(祝! #書肆侃侃房15周年 記念読書会 参加書評)
1895年、オスカー・ワイルドは劇作家として大成功を収めていた。満員の客席はウイットに富んだ台詞に酔いしれ、新聞には興奮気味の劇評が載る。時代の寵児となった夫を支えるのは、才気あふれる美貌の妻コンスタンスだ。しかし、このゴールデンカップルは同年4月に奈落の底へ突き落される。夫が「男色及びおそろしくふしだらな行為」に耽るため若者を扇動していると告訴されたのだ。当時の英国では、同性愛は忌み嫌われる犯罪である。オスカーは猥褻行為の罪で有罪判決を受け、収監された。
本書は、オスカー・ワイルドと愛し合い結婚したコンスタンスの生涯を追った作品である。コンスタンスと身内や友人が交わした、これまで未公開だった膨大な手紙に基づいてワイルド夫妻それぞれの幼少時代から死去までを描いており、本文に挿入された手紙が本人の口から心の内を聞いているような効果を生んでいる。
流行に敏感で芸術をこよなく愛し、時代の先端を歩もうとした気概あるコンスタンス。突飛な服装から唯物主義の道化者と見なされていたオスカー。夫が文化人として成功を収めるにあたり妻が果たした役割や、醜悪なスキャンダルで破滅に向かう道筋を客観的に検証している。その背景として、19世紀末イギリスの芸術文化の様相、新しい生き方を模索していた女性たちの姿など、社会状況が詳細に描き込こまれる。出会い愛し合い悲劇的状況の中で別れてゆく二つの人生が、世紀末デカダンスの景色の中に浮かび上がるのである。
「大事な話がある。家にいてくれ。」同性愛事件発覚直前の、オスカーから妻に宛てた伝言で幕を開ける。それからの出来事を知る前に、起伏に乏しい12章を読み通すのは正直ちょっとつらかった。だが、ラスト3章はスリリングだ。オスカーを破滅させたポジーことアルフレッド・ダグラス卿の卑劣な性格や、そんな男と出獄後にヨリを戻してしまうオスカーのだらしなさ、ふたりに最後まで苦しめられたコンスタンスの、夫への愛と尊敬が嫌悪感へと変化してゆく心情が細やかに伝わってくる。ふたりの子を守ろうとするコンスタンスの必死の行動、最愛の母を失った子どもたちのその後に触れられた終章は胸を打つ。
著者は、あまりにも無防備なコンスタンスにもこの悲劇を招いた責任があると示唆してはいる。それでもなお、彼女を「幸福な王子」のために身を捧げつくして死んだ小鳥になぞらえる。ふたりは途中から、一緒に同じ未来を見つめることが全くなかった。同性愛事件がなかったとしても、夫の自己愛の強さにいつか妻は疲れ果てていたのではないか。
世紀のスキャンダルで袋叩きにされた後の、コンスタンスの勇気は感動的だ。オスカー・ワイルド夫妻それぞれの人間性が心に残る、迫真の伝記であった。
本書は、オスカー・ワイルドと愛し合い結婚したコンスタンスの生涯を追った作品である。コンスタンスと身内や友人が交わした、これまで未公開だった膨大な手紙に基づいてワイルド夫妻それぞれの幼少時代から死去までを描いており、本文に挿入された手紙が本人の口から心の内を聞いているような効果を生んでいる。
流行に敏感で芸術をこよなく愛し、時代の先端を歩もうとした気概あるコンスタンス。突飛な服装から唯物主義の道化者と見なされていたオスカー。夫が文化人として成功を収めるにあたり妻が果たした役割や、醜悪なスキャンダルで破滅に向かう道筋を客観的に検証している。その背景として、19世紀末イギリスの芸術文化の様相、新しい生き方を模索していた女性たちの姿など、社会状況が詳細に描き込こまれる。出会い愛し合い悲劇的状況の中で別れてゆく二つの人生が、世紀末デカダンスの景色の中に浮かび上がるのである。
「大事な話がある。家にいてくれ。」同性愛事件発覚直前の、オスカーから妻に宛てた伝言で幕を開ける。それからの出来事を知る前に、起伏に乏しい12章を読み通すのは正直ちょっとつらかった。だが、ラスト3章はスリリングだ。オスカーを破滅させたポジーことアルフレッド・ダグラス卿の卑劣な性格や、そんな男と出獄後にヨリを戻してしまうオスカーのだらしなさ、ふたりに最後まで苦しめられたコンスタンスの、夫への愛と尊敬が嫌悪感へと変化してゆく心情が細やかに伝わってくる。ふたりの子を守ろうとするコンスタンスの必死の行動、最愛の母を失った子どもたちのその後に触れられた終章は胸を打つ。
著者は、あまりにも無防備なコンスタンスにもこの悲劇を招いた責任があると示唆してはいる。それでもなお、彼女を「幸福な王子」のために身を捧げつくして死んだ小鳥になぞらえる。ふたりは途中から、一緒に同じ未来を見つめることが全くなかった。同性愛事件がなかったとしても、夫の自己愛の強さにいつか妻は疲れ果てていたのではないか。
世紀のスキャンダルで袋叩きにされた後の、コンスタンスの勇気は感動的だ。オスカー・ワイルド夫妻それぞれの人間性が心に残る、迫真の伝記であった。
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この書評へのコメント
- 星落秋風五丈原2017-06-13 19:17
こんばんは。こちらはフィクションですがオスカー・ワイルドの妻が物分かりの良い奥さまとして言及されます。1889年という物語の舞台設定も分かる人にはわかるツボです。
クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2017-06-13 22:37
星落秋風五丈原さん
ご紹介の本、面白そうです(^^) 不勉強なもので1889年が今ひとつピンとこないのですが、オスカーが「ドリアングレイの肖像」を発表したあたりですか?
実像のコンスタンスも、夫に対してあまりにも物分かりが良すぎたように思います。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - 星落秋風五丈原2017-06-17 05:50
こんにちは。ドリアン・グレイは1890年ですね。我々は男色を咎められて云々…という結果から彼を見ますが、その一年前の彼は、この本のもう一人の主人公、コナン・ドイルよりも人気作家で社交界の寵児でした。この本では、その雰囲気を保ちつつ、後の破滅も予感させるワイルドというキャラクター造形になっています。
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- Wings to fly2020-12-12 21:45
星落秋風五丈原さん
書評を拝読しました。
本当にね、妻は夫が持ち得なかった美質を持っていたと思います。『漁夫とその魂』みたいな美しい作品を書ける人だったんですけどね。「結局は自分に甘い男だよっ!お前は!」と思いました。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:書肆侃侃房
- ページ数:544
- ISBN:9784863851658
- 発売日:2014年12月20日
- 価格:2700円
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