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はるほん
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彼が「芸人」であるからこその諸刃の剣。
本棚の都合で受賞作品とかは
いつも文庫になってからしか読まないのだが
今回は話題になっただけあって、職場に買った人がいたので
借りることが出来た。やっほい。



彼の著作を、いままで拝読したことがない。
別に避けていた訳ではないのだが、
自分は基本、芸能人が出したエッセイ作品などを読まない。
単純に他に読みたいものが沢山あるので、そこまで手が伸びないのだ。
が、又吉氏が作家としてこれからも活動されるのであれば
喜んで読ませていただく。

まずは読んだ印象。
太宰っぽいな、と思った。
真顔で面白いこと言っちゃう感じがすごく。
「芸人」という職業を題材に選んだのは
彼の本職だからというだけでなく、面白いと思う。

「新人」とも言えない妙齢で、
「売れている」とはとても言えない芸人が主人公。
花火大会の催しの1つとして、誰も聞いてもいない漫才を終え、
はじめて「師匠」と思える先輩芸人に出会う。

先輩芸人は、滅茶苦茶だ。
金が無くても意地で後輩にオゴり、
売れてなかろうが、周囲に合わせようなどと考えもしない。
笑われなくても己が面白いと思うことだけをやる。
それは気弱な主人公に、眩しいばかりの存在だった──

よく考えて構成された作品だと思う。
個人的にこの手の受賞作品は
「とるに足らない事」「見逃しそうなこと」「普通に見えること」から
「人間」という千差万別の物語を
掘り下げる角度が好まれるのだと思っている。

ぶっちゃけいえば、「ちょっと分からない」部分を含んでこそ
この賞なんだと思う。
又吉氏のフィールドでありながら「人間」というドラマでもあり、
小難しい理屈と分かり易い感動の塩梅やら
なかなか「計算高い」作品であると感じた。

嫌味で言うのではなく、又吉氏はちゃんと
真剣に文学賞に挑んだことを評価したい。

コンビ同士の話なら、もっと分かり易い話だったろう。
が、事務所も違う「私的な尊敬」という損得も義務もない間柄だ。
その上主人公は少しばかり、地道な努力が実を結び始める。
が、師匠は底辺芸人のままだ。
彼らの関係を縛るものは、主人公の心だけなのだ。
なのに師匠は、なおも底辺から下落する穴を掘り続ける。

とるに足らないことであり、同時にとても人間臭さがある。
が、自分がこの物語をいいと思ったのは
「笑い」への探求心が描かれているところだ。

芸人は、ただ面白い話をするだけではない。
考えているのだ。
なぜこれが面白いのか。面白くないのか。
面白い筈の世界がつまらない理由を。
つまらない世界が面白くなる道を。意味を。

ただ面白いだけでは、笑いは生まれないと思う。
むしろ哲学者のようにあれこれ考えてしまう人間の方が
面白世界の真理を知っているのではないか。
文学世界に挑みながらも、又吉氏の本職としての
もがき、答え、疑問、そして歩いていく方向が描かれている。

自分は個人的に、「決めの言葉」のようなもので
ウケや流行語を取る最近のお笑いは好きでない。
あ、でも安心してください。使いますよ?(使うんかい)
ソレはソレとして、ボケとツッコミが好きなのだ。
芸人たちの哲学が。

確かに、又吉氏が芸人であるからこそ
この小説が深い意味を持って受賞したという点はあろう。
が、多分何を書いても彼が「名の売れた芸人」であることは
引き合いに出されたろうと思う。
そこを真っ向勝負したのだと思えば、潔い。

敢えて難を付けるなら、このネタは彼がもっと芸人として熟成してからの方が
もっと深味が出ただろうとは思う。
「名刺代わりの一作」としてはうってつけながら
少し功を急いだかなという感じもある。
また又吉氏と言う色が色濃く出ているだけに
やはり「そうでない」作品を出すまでは真価は問われるだろう。

だがそのハードルを越え、次作にどんな題材が選ぶか、期待したい。
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はるほん
はるほん さん本が好き!1級(書評数:684 件)

歴史・時代物・文学に傾きがちな読書層。
読んだ本を掘り下げている内に妙な場所に着地する評が多いですが
おおむね本人は真面目に書いてマス。

年中歴史・文豪・宗教ブーム。滋賀偏愛。
現在クマー、谷崎、怨霊、老人もブーム中
徳川家茂・平安時代・暗号・辞書編纂物語・電車旅行記等の本も探し中。

秋口に無職になる予定で、就活中。
なかなかこちらに来る時間が取れないっす…。

2018.8.21

読んで楽しい:7票
素晴らしい洞察:5票
参考になる:18票
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この書評へのコメント

  1. はるほん2016-01-05 21:17

    遅ればせ、あけましておめでとうございます。
    旅行から帰ってきたものの、現実逃避でうだうだしています。

    どうぞ今年もよろしくお願いいたしまするー。

  2. miol mor2016-01-05 23:40

    はるほんさんがこれを書いてくださったのがうれしいです。

    私の感想はほんのちょっと違っていて、底無しの深みが目に見えないところに隠れている印象を持っています。それは、彼の言葉を使えば「刺さる」感覚としか言えず、言語化するのは私には困難です。でも、その深淵がのぞいている感じがひたひたとするのです。

  3. はるほん2016-01-06 06:53

    >miol morさん
    言語化できないと言うキモチはよく理解できなながらも
    miol morさんの感想、ぜひ読んでみたかったっす~~!<「刺さる」感覚

    これだけ様々な見方があると言うだけで
    この作品は十分に力を秘めた作品だと思います。
    人の胸の中から何かを掘り起こそうと言う姿勢も、太宰だなと言う気がします。
    彼はお笑いと言う世界を通して、人をじっと見ているのだなという印象は
    自分の中にもありますね。

  4. miol mor2016-01-06 09:03

    はるほんさん

    いやあ、改めて太宰を読みたくなりました。ありがとうございます。

    ところで、私の評は電子版についてですが、書きました。ここにもあります。
    http://www.honzuki.jp/book/228126/review/140323/ (はるほんさんの投票もいただいてます)
    ただ、「刺さる」感覚は、彼が話の端々で、「おっ、ここ、刺さる」という感じで言うみたいで、瞬間的な閃きに近い感じを受けてます。副音声かなにかを使って実況でもしないと伝えにくく、あとで振り返って書くのはむずかしそうです。

  5. はるほん2016-01-06 09:42

    >miol morさん
    おっと失礼。評を拝見して、読んでいたことを思い出しました。

    いやでも再読させてもらって、なるほどなと感じた気がします。
    多面体のような、棘だらけの玉のような
    「触れる」部分を多く持つことが、又吉氏の面白味なのかもですねえ。

  6. No Image

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