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hackerさん
hacker
レビュアー:
本書は評価が割れているようですね。ミステリーを読む時は「嘘でいいから騙してほしい」と思っている私は、この嘘っぽい内容がけっこう楽しめました。
1945年刊の本書は「ドクター・ヘンリー・N・リドル・ジュニア(という立派な名前の)通称ハリー・リドル、ニューヨーク市の聖ヨハネ総合病院に勤務する外科医で、「注意力に優れ観察眼にも自信があり、現実的な考え方と自制心を自負する」一人称の主人公が、自分が証人の一人となった殺人事件を解決するために知りうる限りの事実を整理し、殺人犯の解明と事件解決につなげようとするために書いた手記という形式を採っています。

「外科治療に先立つ病歴分析に倣い、あらゆる事実を検討しなければならない。地道な作業だが、確実な方法はこれしかない。人が思考するとき、稲妻のように直感が閃くことがある。それは瞬間的に目も眩むほどまばゆく輝くが、間もなく痕跡も残さず消えて再び闇に帰する。だが紙に書きながら思考すれば、歴然たる形と実質を残すことができる。個々の要素を測定し比較総合することも可能となる。
私はものを考えるときいつもこの方法に助けられてきた。今もそうすることを自らに課す」

ところが、この手記を読み進めていくと、どうやら、この主人公が一番怪しく思えてくるのです。まさかねぇ~と思うのですが、手記に書かれた事実の積み重ねから、結局真相は暴きだされるのでした。


と、こういう構成の本です。事件の内容については、他の方の書評で詳しく述べられているので、拙文では省略します。本書に関して、私が一番気に入っているのは、意外な出来事が連続するエネルギッシュな展開もそうなのですが、張ってある伏線の多さです。しかも「これは伏線ですよ」という提示の仕方のものばかりなのですが、あまりに数が多くて、それこそ読みながら手元に書いておかないと、次から次へと出てくるものですから、次から次へと忘れていってしまい、ラスト40ページで語られる長い謎解きに、なるほどと感心する仕掛けになっています。

そして、当サイトでは、本書の評価は割れているようですが、これはおそらく、本書が本質的に抱える嘘っぽさを楽しめるかどうか、という差なのだろうと思います。ミステリーと呼ばれる作品の大半には、嘘っぽさがついてくるものですが、その許容範囲には個人差があって、私個人の話をすると、カーのファンの方には申し訳ありませんが、彼の本では『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』は傑作ですが、いくつかの作品で「おいおい」と思うことがありました。でも、アルセーヌ・ルパンなどは、そんなことを思いもしれません。本書は完全な嘘に落ちるか否か瀬戸際を狙っているような作品なので、楽しめる人は楽しめるし、そうでない人は腹をたてるということなのではないでしょうか。私は楽しめましたが、おそらく、ルパンもの同様、謎解きはあっても本格ミステリーとは思って読んでいなかったこともあるのでしょう。本書の訳者あとがきでは、本書の作者ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ(1896-1984)をウィリアム・アイリッシュ(1903-1968)と比較して述べている箇所がありますし、本書には殺されそうになる美しい19歳の女性が登場するのですが、彼女の視点でこの話を書くと、アイリッシュの世界になるなと思いながら、読んでいました。もっとも、アイリッシュは、トリックや設定をこんなに複雑にはしませんが、逆に、本書はアイリッシュに、本格派風トリックをなるべく加えようとした作品と言えるかもしれません。

というわけで、ミステリー好きの方ならば、手に取ってみても、よろしいのではないでしょうか。でも、気に入るかどうかは、保証しません。なお、訳者解説では、本書はフランスでの評価が高いと書いてありましたが、Wikipedia でも、英語版より仏語版の方が作品一覧は詳しく載っていました。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2275 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. ゆうちゃん2023-05-21 10:19

    実は僕がこの作品を読んだのは、「こんな拙いミステリがあるから読んでご覧」と一種の勧誘のような言葉に乗ったからです。そういう意味では、自分の評価はかなり辛く、バイアスがかかっていた可能性はあります。
    ミステリは嘘を楽しむもの、それはまさに同感です。書評を拝読して、作家によってその「嘘を楽しむ」範囲が異なるので?というご意見かな、と思いました。そう指摘されてみると、まさにそうで、自分が馴染んだ作家やネームバリュー、古典か新作かでその範囲はかなり異なるような気がします。ある作家が星三つで別の作家が星四つ、真に客観的な視点があったとして、どちらも同じレベルだったということはありそうです。ただ、こういった単発の作品で作家の名が知られていないとすると、どうしても辛めの評価になるというのはありそうなことではないかと思います。

  2. hacker2023-05-21 12:13

    ゆうちゃんさん、コメントありがとうございます。

    そうなんですよね。「ミステリは嘘を楽しむもの」といつも思っているのですが、言われるように、作者や作品によって許容できる嘘の範囲は、人によって違うのでしょう。私は基本的に良いところを見つけようと思いながら読書をしているつもりなので、この範囲が比較的広い方だと思っています。それに映画好きなので、元来もっともらしい嘘が好きなのです。ちょっと例が飛躍しますし、レビューには書ききませんでしたが、同じく嘘の塊であるプロレスで、ブルーザー・ブロディが仲が良かったアブドーラ・ザ・ブッチャーに、バナナの皮で滑ってフォール負けするという試合を楽しいと思うか、インチキと思うかは、個人差があるということなのでしょう。

    もちろん、これは良い悪いではなくて、小説や芸術に限らず、万人が万人高く評価する「ものづくり」は不可能だということなのだと思います。

  3. hacker2023-05-21 12:28

    追記

    あと、巨匠と云われる作家や名作と云われる作品は貶しにくく、よく知らない作家や作品で親しい人から貶されたものは褒めにくいというのは、たしかにあると思います。これは私の印象なのですが、映画の場合、誰かと意見が合わなくても、お互いに映画若しくは俳優が好きだというベースがあって、どこか許しあえるところがあるのですが、小説の場合、必ずしもそうならないで、議論や言い争いになってしまうことが多い気がしています。だから、人の意見に引きずられやすいのかもしれません。ただ、映画でも、相手がプロだったりすると、簡単に引かないことが多いです。

    基本は、万人に賛同してもらうことを期待せずに、そうは言っても表現には気を付けて、何でも自分の思ったことを言えば良いのだろうと思います。

  4. ゆうちゃん2023-05-24 21:05

    仰る通りですね。
    僕の場合は、あまりそういうことを気にせず、巨匠でも大家でもつまらなかったり粗が目立ったりすると遠慮なくそういう意見を書いているつもりですが・・。それでも無名な作家には手厳しかったりするかもしれません。

  5. hacker2023-05-25 16:25

    そうですね。「誰でも最初は新人だ」というのも真実ですけど、一方で登場時は絶賛されても、数十年後は見向きもされなくなった作家というのが多々いるのも真実です。私が時の試練を生き延びた本を読むことが多いのは、主に後者が理由なのですが、結局のところ、自分の理性と感性(両方とも甚だ怪しいのですが)を信じるしかなさそうです。

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