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ぽんきち
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幸せな時の記憶とともに #棚マル
誰しも幼い日の記憶の中には、大好きだったおやつ、おいしかったお菓子の思い出があるはずだ。
なくても生きてはいけるけれど、あると人生が豊かになる。それがお菓子。
本書は遠い日の記憶をそっと呼び起こすような、楽しい懐かしい1冊である。

「地元菓子」とは何か。名物やおみやげの類かと思うとちょっと違う。
土地には、その地に根ざした菓子がある。
よそゆきでない、普段遣いの、派手さはないが、ほっとする、いつもの「あれ」。
菓子好き、旅好きの著者が、実際に各地を歩き、見つけ、味わった菓子を、あれこれと集めたのが本書だ。
薄いけれども内容はてんこ盛り。豊富な写真、詳細な地図、細かな文字のエッセイ。どのページをめくってもお菓子愛にあふれている。

中には日本三代名菓の1つというようなよく知られているものも取り上げられているけれども、登場する多くは素朴な菓子である。
カタパンと呼ばれる小麦粉に砂糖をまぜて焼いた堅い菓子。昔菓子と呼ばれるようなものだが、各地、各店で驚くほど違う。それぞれのカタパンはそれぞれの地の歴史の生まれ、生き抜いてきている。素朴な菓子の向こう側に気候や風土も見えてくるようでもある。
桜餅は、東に多く見られるクレープ状の「長命寺」と、つぶつぶした道明寺粉を使う西の「道明寺」に大別される。さて、その境界はどこか。基本は天竜川/フォッサマグナだが、新潟は京文化の流れで「道明寺」が多いというのがおもしろいところ。
旅人の疲れを癒したのが峠の餅、川越の餅。腹が減っては難所を越えられぬ。峠や川辺に餅を売る茶店が多かったのはそのためだ。安倍川餅、笹子餅、土地の名前が付く餅は、街道の名物として今も残る。

人々に親しまれてきたのは、和菓子ばかりではない。
バウムクーヘンやクッキー、ケーキやチョコレート。
ちょっとハイカラ、ちょっと異国情緒を漂わせる洋菓子も多い。
著者が旅先で懐かしさを覚えた洋菓子屋。店主と話をしてみると、実は著者が慣れ親しんでいた神戸の洋菓子屋で修行した経験があったという。
大きな街で修行し、やがて地元へ帰っていった職人たち。あちらこちらで菓子の系譜は受け継がれ、続いていくのだ。地方の小さな店を守る、職人たちの矜恃とともに。

読んでいて、ふと思い出した菓子がある。
1つは和菓子の「蒸し菓子」。慶事の引き出物といえば、たいがいこれだった。どっかりと大きい鯛や松竹梅、めでたい意匠を象った餡もの。練り切りのようなものかと思うが、今の時代の練り切りよりもっちり堅かったような気がする。あれは、おそらく、自分の地元に特有のものだったのではないか。
甘い物がそれほど好きではなかった母は、もらうと「またこれか」とうんざり顔だったが、自分は結構好きだった。とはいえ、重箱一段分のそれらは、確かにちょっと飽きの来るものではあった。甘い物が貴重だった時代の名残だったのか。そういえばあの頃、慶事・弔事ともに、角砂糖の引き出物も多かったように思う。

もう1つの懐かしい菓子は、洋菓子の「マーブルケーキ」。家からちょっと離れた商店街にあった小さなケーキ屋のもの。今はもう廃業されていると思う。
白い箱にみっちりとはいった四角いケーキ。下はマーブル状のスポンジ、上にやはりマーブル模様の薄い板状のチョコレートがコーティングされている。スポンジの間にクリームが挟んであったかもしれない。ポイントはピースではなく、ホールであること。これが食べられるのは、父の同僚のお客さんが来たときだけだ。当時は珍しい単身赴任だったこのお客さんは、うちにお呼ばれするときには、必ずこれをおみやげに買ってきてくれた。ケーキをもらったから言うわけではないが、子供好きで陽気な楽しいおじさんだった。もしかしたら一人暮らしがちょっぴり淋しくて、自分の子供が恋しかったのかもしれない、と今では思う。

プルーストの「失われた時を求めて」では、記憶を呼び覚ますのはマドレーヌだった。
心に眠る懐かしい思い出をそっと連れてくるのは、甘い香りなのかもしれない。


『#棚マル 応援企画!みんなの推薦本リストを制覇しよう!』参加書評です。おいしいもの本といえば、この方、薄荷さんの推薦本。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1828 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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この書評へのコメント

  1. 風竜胆2017-09-29 22:36

    ういろうは、名古屋より、山口でっせと、郷土愛を発露w

  2. ぽんきち2017-09-29 22:41

    風竜胆さん

    あ、知ってます(^^)。
    以前、豆子郎の生ういろうをおみやげでちょうだいして、とてもおいしかったです~。

  3. 薄荷2017-09-30 08:16

    ご購入&素敵においしそうな書評、感激です~(*≧∇≦)p

    重箱いっぱいの蒸し菓子・・・「練りきり」よりちょい固めなのは、日持ちを良くするためですかねぇ。その重量を考えると持ち帰るのが大変そう・・・(^_^;)
    でも鯛の形抜きした色つきお砂糖より、そっちの方が嬉しいなぁ・・・とか想像しちゃいました(笑)

    商店街のケーキ屋さんの「マーブルケーキ」詳しいフォルムに痺れました~!!まつわる優しいちょっと切ない思い出も素敵です♡

    そして風竜胆さんの「山口ういろう」の話を聞くたびに、そこでしか買えない「地元菓子」のためだけに旅行に出たくなります。ああ、山口ういろう食べたい~!

  4. ぽんきち2017-09-30 08:44

    薄荷さん

    楽しい本の推薦、ありがとうございました。
    本の厚さは薄いけど、中身はみっちりでした。
    とりあえず図書館本で読んでしまったのですが、これは手元に置こうかなと思います~。情報量が多くて、読み落としもありそうですしw

    蒸し菓子、最近は見ないのですが、ちょっと時代に合わなくなってしまったのかな(^^;)。重箱一杯、確かにみちっと重かったですw 鯛の色付けなんかもいかにも「合成着色料でございます」感が強く、何だか昭和なお菓子でした。
    そういえばマーブルケーキもちょっと昭和の香りがします。

    山口の生ういろうは繊細で上品な感じでした。日持ちがしないので、やはり現地でいただくのが一番なんでしょうね。
    著者さんのような目線で旅をすると、どこへ行っても楽しそうです。

  5. No Image

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