
乗り遅れることを許さぬような笑いの波。
吟味する暇などなく繰り広げる辛辣の刃。
激しい様でいて空回りする叫び合う議論。
観切れぬ程の数のチャンネル。
それを過食症のように食い続けるレコーダー。
すべて観る時間もなく、倍速で流れる甲高い声。
テレビが時々恐ろしく思えることがある。
観ているだけで、たくさんの事を知った気になるが、
情報は脳の表層を通り過ぎていくだけで泡と消える。
スイッチを切ると、暗い画面とともに自分の思考も消え去ってしまう。
それが怖くて、スイッチを切ることができない。
スマホやネットも同様。
世界中と繋がっているようでいて、真っ暗なトンネルの中で照らす懐中電灯の如く。
消した途端に、その押し潰されそうな静けさに、慌てて再びスイッチを入れる。
目が闇に慣れるのを待つこともなく。
炎の中で燃え尽きているのは本だけではない。
我々の人間らしさが燃やされている。
長い間読まずにいた本書をとうとう読んだ。
何度も繰り返し読み、考えることに耐えられる作品だった。
主人公が疑問を抱いてしまう世界は、すぐ明日にでも存在するかのように予言的だ。
同じ家に居ながら会話もなく、壁のテレビを見続ける妻。
一緒に居ながらスマホの画面を無言で覗きこむ我々と変わらないではないか。
書籍だけが必要なのではないのだろう。
たとえ本がなくても記憶があれば、いつか甦ることができる。
不死鳥のように。
人が、生きた証として、何かを、手をかけたものを残す必要がある。
そして、その残されたものがある限り、誰かの記憶の中に生き残る。
そんな描写が勇気を、希望を与えてくれる。
悲劇の、あるいは再生の朝。主人公が踏み出す一歩、自ら考えた一歩が素晴らしい。
まず世界に触れ、取り込み、時間をかけて沈殿させ、やがて自分の血となり、肉となる。
世界を再確認するのだ。自らの足で、自らの眼で。
そして、世界はそれに値する。
テーマとは別に、その詩的な表現も堪能できるブラッドベリだが、それは作者自身が世界を愛おしく愛でているからなのかもしれない。
【読了日2018年10月19日】





文学作品、ミステリ、SF、時代小説とあまりジャンルにこだわらずに読んでいますが、最近のものより古い作品を選びがちです。
2019年以降、小説の比率が下がって、半分ぐらいは学術的な本を読むようになりました。哲学、心理学、文化人類学、民俗学、生物学、科学、数学、歴史等々こちらもジャンルを絞りきれません。おまけに読む速度も落ちる一方です。
2022年献本以外、評価の星をつけるのをやめることにしました。自身いくつをつけるか迷うことも多く、また評価基準は人それぞれ、良さは書評の内容でご判断いただければと思います。
プロフィール画像は自作の切り絵です。不定期に替えていきます。飽きっぽくてすみません。
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この書評へのコメント
- oldman2018-10-21 07:52
僕は逆に最近本を読んでいる人を多く見かけると感じます。
確かにスマホも多いですが、最近は紙の本を広げている人を見かける事が多くなったと感じます。 そして雑誌を読んでいる人が減った気がするんです。
昔は通勤の電車一両の中で一人・二人しか本を読んでいなかったのが、今は数人が読んでいる気がするんです。(あくまでも個人的な印象ですが……)
仕事の関係上昼休みが異常に長い(2時間半以上)のですが、そのコーヒーブレーク中も本を読んでいる人を見かけます。
ただし、全体的に中高年が多い気がします。若い人はスマホやタブレットが多い。社会を構成する年齢層が上がった為なのかもしれませんが……クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - マーブル2018-10-21 08:13
場面によるのでしょうか。私はとにかくスマホ画面に屈みこんでいる人の姿が目につきます。
こちらでは電車を使う事はあまりないのですが、病院などの待合室でも同様ですね。
若い人に限らず、ある程度の年齢の方でもスマホの画面を覗きこんでいる姿が多くなりました。
先日PTAの集まりで教師の一人がスマホ依存を憂いて、
「スマホは何でもできるが、何もできない人を作る」
と言っていたのですが、そういう危険はあるのだろう、と思いました。
便利な部分はたくさんあるのでしょうが、携帯の電話帳に頼る様になって電話番号を暗記できなくなったのと同じことが、より大きな規模で起きているのでしょうね。
教師いわく、今の学生は明日の予定を聞いてすら「スマホ見れば分かります」と覚えていない。笑えない状況です。
物忘れ対策、何でもひとつで済む、などとても便利な機械だとは思うのですが、あまりに便利で依存性が怖いと思っています。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - マーブル2018-10-21 08:31
スマホはダメで、本を読むのが正しい、エライ、と言うつもりはないのです。
この作品も焚書という行為をもって、自由思想の弾圧や思想統制の恐ろしさを現していると一般的には言われているようですし、そういう読み方で良いと思うのですが、私には紙である本でなくても良く、自分自身で体験し、消化し、そこから多少間違っていても自分でアウトプットする、その素晴らしさを訴えているように思えました。
テレビも、昔は良い番組があった、とは言いませんが、視る側も変わってしまったのでしょうね。新聞の番組欄に印をつけて見逃さないようにしていた頃の方が、真剣に観ていたのでしょう。何度でも繰り返し視られる安心感は、真剣さも奪ってしまった気がします。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:早川書房
- ページ数:299
- ISBN:9784150119553
- 発売日:2014年04月24日
- 価格:929円
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