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すずはら なずな
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映画の「予告編」を想像してしまう。流麗な音楽と大きな効果音。知的な美女、海外の風景。ドアを開けると現れる謎の老富豪と鮮やかな色彩のルソーの絵。鑑定の勝者は誰か、研究者のプライドと意地。そして謎の古書。
実在の芸術家や作品を絡めた大掛かりなサスペンスエンタテインメント、と言えば観たはずの映画なのに内容はよく覚えてない「ダヴィンチコード」。


読みながら「ダヴィンチコード」の題名がずっと頭から離れなかったのは きっと、前回読んだ「ジヴェルニーの食卓」のイメージで読み始めたせいで、おやおや、どうもジャンル違うぞ、うーん、ミステリー?サスペンス?壮大なハリウッド映画?と感じたからです。

それだけ 舞台が広大で、ニューヨーク、スイス、日本、というナレーションと切り替わる美しい風景の映像が浮かびます。製作費○○億!なんてフレーズも飛び出しそうです。ただし、この原作では日本人の男性大物、または若手イケメン俳優が主要人物として登場できないので、ここは映画なら無理しても作り込む必要があるかもしれません。大人の事情とかで。


そんな勝手な妄想はさておいて、本の内容です。



物語は二重構造になっています。
期待通りのアンリ・ルソーの物語は 謎の「古書」として登場します。ルソーの物語。私はこの部分が好きです。ここだけでも十分なくらいでした。(作者のルソー愛、ずっとルソーを描きたかったという想いが溢れています)

「日曜画家」「税官吏」という呼ばれ方も現代の章でも言われていますが、物語の中でも、主人公の洗濯女ヤドヴィカに 下手くそ、へっぽこ画家、変な絵、気味の悪い絵と言われ、サロン落選、展覧会での笑いものになっている様子が描かれます。

旦那のいる洗濯女ヤドヴィカがルソーのミューズで片恋の相手。
旦那のジョゼフはそんな画家から次々送られる「変な絵」をヤドヴィカより気に入って 画家を遠ざけるどころか応援し、自分たちも貧しいのに生活を援助しさえします。
配達の仕事で絵画を運ぶ機会が多くなっていたのもあり、絵画に興味もあるようで、独自の審美眼とセンスがあることがほの見えます。
でも、この物語では心優しすぎるくらいの旦那さん、というだけの登場ですが。

貧しくてカンヴァスも買えない。緑の絵具も不足する中、想像のジャングルを誰にも似ていない独自の描き方で描き続けた人。でもピカソだけは彼の才能を認め、彼を夜会に招待します。
夜会の史実は他の文献でも確認できるのですが、この時の雰囲気はパートナーとして参加したヤドヴィカの目を通して描かれ、リアリティがあります。

また、ルソーの物語から離れ、作品全体を見る方に戻します。

読むように言われた「ルソーの物語」。これは 実のところ誰が書いたのか解りません。 「稚拙な文章」で、一章ごとに書き手も違う感じにも思える、と主人公のティムは考えます。章の末尾に 一文字のアルファベット、書き手のイニシャルなのか、何かの暗号なのか、読者に謎を投げかけます。

日本人のルソー研究者織江と、MoMAでアシスタントキュレーターとして働くティムの一騎打ち、「夢を見た」の真贋を問うのに、この古書を一章ずつ七日間読むという 破天荒な課題に二人は取り組んでいます。
二人の下した鑑定結果の如何によって、その作品の所有権を移譲するという申し出があります。


伝説のコレクター、バイラーが所有する「夢を見た」が真作と確認されたのならオークションで相当な価格で取引される。今ではそんな時代になっています。一旦「真作」と鑑定結果も出ていますが、それもまた怪しい。その後、なんとMoMAの「夢」かバイラー所有の「夢を見た」のどちらかの作品の下に隠されたピカソの絵が在るという情報も出てきます。贋作の下にもっと価値(売買上)のあるものがあるのか。それともルソーの真作の下にあるのか、それともそんなものは存在しないのか。(X線検査は色々な問題をクリアできず、今はできない、ということになっています。物語の都合上、なのかな?)

この新たな鑑定勝負に臨んだ二人というのが大原美術館の監視員早川織絵。かつてはルソーの研究家として学会には名が知れた存在です。今はその経歴も隠している点や、父親の知れないハーフの娘がいることも謎を残します。

対するティム・ブラウンはトム・ブラウンのアシスタントキュレーター。おそらくは綴り間違いで届いたボスへの内密の招待状を開封し、トムとしてこの招待に臨みます。チーフのトムはピカソの権威ですが、当のティムはまさにそのアンリ・ルソーの研究者で、ルソーこそ彼が幼い頃から深く愛し続けた画家なのです。名を偽る後ろ暗さより、勝者になった後の名誉や富よりも ただルソーの隠れた作品を見極めたいそんな気持ちが強く働きます。

アンリ・ルソー。皆さんは知っていましたか?
私の中学の美術の教科書には「眠るジプシー女」がありました。テストで作品名と名前くらいは書いたかもしれません。この絵では言われるほど下手とか遠近感が変だとかそんな感じはしません。
ただ、他の絵とちょっと違う空気を感じる人は感じたかもしれません。

もっと奇妙な人物画が沢山あったことは後で知りました。バランスの悪い、可愛いとは言えない子供の肖像。
ジャングルや蛇使いやライオンやトラ、生い茂る草木は実物そのものと違いそうだけれど、熱帯の熱い草いきれを感じさせて観るものを惹きつけて離しません。


ヤドヴィカについてまた、その夫について気になって調べてみましたが、詳しくは解らないようです。その辺りは作家マハさんの創造の余地が大きく、こういう壮大な物語にできたのだと思います。

ただ実際にはルソーは《夢》について次の詩を残しているそうです。


「心地よく眠りこんだヤドヴィガは
美しい夢の中で
考え深げな蛇使いの吹く
笛の音をきいた
月が花々や緑の木々を
照らすあいだ
鹿子色の蛇たちも
その陽気な音色に耳を傾ける」
(岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』p.265)



インターポールのジュリエット(=これまた謎の美女)の登場とその身元の終盤、長い種明かしがあり、サスペンスドラマや著作でも、こうい説明的展開は個人的には好きでないので、うーんとは思いましたが 「夢を見た」の所有の行方についてはこれも必要だったのかとは思いました。

色々と最後にどんでん返しがあり、作家さんとしては狙ったところなのだと思うのですが、これは特に無くても?という設定もあったように思います。また、最終日のティムの下した「鑑定結果」にもかなりの疑問が残ります。織江を幸せにしたいとの強い想いが働いたとしても、あれはどうなんだろう。バイラーの判定にも首を傾げます。


それにしても貧しくて博学でもなさそうなヤドヴィカ夫妻が その後どうやって「ああ」なったのか、そこを考えると不思議さは募ります。


この感想を書く前に家にあった美術書のルソーの部分を見直しました。YouTubeも色々観てみました。特に作者本人の言葉がhttps://www.kansai-square.com/kaiho/154.pdfで読めて、とても参考になりました。本当にマハさんはルソーがお好きなんですね。

ミステリー好きからでも、美術に興味があるからでも、ナントカ賞が気になる人でもいいから こんな風に読者たちがルソーを知り、興味を持てるという点でも この本がたくさんの人の目に触れることは素晴らしいことだと思います。

ルソーの描く風景 私はとても好きです。





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すずはら なずな
すずはら なずな さん本が好き!1級(書評数:442 件)

実家の本棚の整理を兼ねて家族の残した本や自分の買ったはずだけど覚えていない本などを読んでいきます。今のところ昭和の本が中心です。平成にたどり着くのはいつのことやら…。

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