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hackerさん
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「おびただしい数の世界の中で、少なくとも一つぐらい、面白半分に作られた物があってもいいと、願ったことはないかい?」(『スナッフルズ』より) ここの「世界」を「SF」に置き換えた作品集です。21作ですが。
「ラファティについて、これだけは知っておかねばならない。彼は小説を書いているのではない。お話を語っているのだ。彼の現実はわれわれの現実ではない。そして、彼の描く人物は、ふつうわれわれの考える登場人物とちがって、どれもラファティの声なのだ。子供も、おとなも、異星人も、コンピューターも、みんなラファティ語をしゃべっているのである...そしてこの登場人物をたちをあまり真剣にとってはいけない。彼らはしばしば不愉快な死をとげる...もっとも、たいていの場合、あまり苦痛はない。つまるところ、彼らはお話の一部分、道具にすぎないのだ」(リチャード・ガイス)

これは、訳者あとがきで紹介されている文ですが、ラファティの作品の特徴を、よく表しているように思えます。本書は、アメリカの作家R.A.ラファティ(1914-2002)が1970年に出版した第一短編集で、21作品が収められています。作家デビューは1960年、45歳の時という遅咲きですが、その辺の事情については、作者自身が次のように述べています。

「わたしは何年間か大酒を食らっていたが、6年前に禁酒した。これでポッカリ穴があいた。愉快な飲み友だちとのつきあいをあきらめることは、人生の華やかで空想的ななにかを失うことになる。そこで、その代りに、わたしはSFを書き出した。ある作家養成雑誌で、SFなら書きやすいというバカな考えを吹きこまれたのである。わたしにはちっとも書きやすくない。このジャンルの大半の作家がSFを読んで育ったらしいのにひきかえ、わたしはそうでなかったからかもしれない」

初めて読んだ作家なのですが、SFと言えばSFではあるものの、なんとも不思議な作風になっているのは、この文章からすると、当然の帰結のようです。つまり、空想と冗談と皮肉と悪ふざけが好きな酔っ払いが、酒抜きで空想と冗談と皮肉と悪ふざけをふくらまして書いたような作品ばかりなのです、と言ったら失礼でしょうか。Wikipediaには「彼の作品は“ラファティ”というジャンルだ」という文章がありますが、それもうなずけます。本書表題作の『九百人のお祖母さん』というタイトルからして、ふざけていると言うか、冗談っぽいと言うか、楽しいと言うか、変わってますよね。ただ、この感覚を楽しめるかどうかで、この作家への評価はプラスとマイナスの間で、大きく振れるのだろうと思います。例によって、特に印象的な作品を紹介します。


●『九百人のお祖母さん』

プロアヴィタスと言う名の大きなアストロイドの調査をしていたセランという男は、ここでは老人を見かけないことに気づきます。プロアヴィタス人に尋ねてみると、彼らは死ぬことがなく、その代わりに、年を取ると長い眠りにつくために、老人はずっと家に居るのだということを教えてくれます。そのプロアヴィタス人には九百人のお祖母さんがいるとのことでした。セランは、種がどうやって始まったのかを直接聞くことができると思って興奮するのですが...。

●『時の六本指』

チャールズ・ヴィンセントは、ある朝起きてみると、周囲のものが静止していることに驚きます。しかし実際には、ヴィンセントの方が高速で動いているために、そのように見えることに気づきます。ヴィンセントは出社して、たまっていた仕事をきれいに片づけてから、ひと眠りすると、また普通の状態に戻ったのですが、この現象には、思わぬ副作用がありました。

●『スナッフルズ』

地球から5人の調査員がベロータという変な小惑星にやってきます。どう変かと言うと。

「果物はいやな匂いがし、茨は汁気が多くてうまい。外皮や殻は食べられるのに、果肉は食べられない。始祖蝶は人を刺すのに、トカゲは蜜蜂のようなマンナを分泌する。そして水は―水はソーダ水、純粋な炭酸水だった」

そして、不思議なのは熊に似たスナッフルズと名づけられた生物で、惑星に一匹しかいないのです。牝か牡かも分からないのですが、どうやってこの種が誕生したのかが謎でした。実は、この動物が、この惑星の謎の鍵だったのです。

●『蛇の名』

「キリスト教を世界に広めなければならない」という王の命令に従って、世界すなわち全宇宙に布教をすることになり、ある神父がアナロス星にやってきましたが、この星の文明は地球より洗練されていて、そもそも罪というものがありません。神父は必死にどこかに罪があるに違いないと探し回るというお話です。

●『われらかくシャルルマーニュを悩ませり』

「全世界で最高の頭脳と判断力の持ち主」が9人集まり、新しく発明した機械を使って、大それたことに、過去の歴史を変える実験をします。8世紀のシャルルマーニュの時代のある出来事を変えたのですが、少しも現在に変化が見られません。歴史書の記述もそのままです。科学者たちは、2回3回と実験を繰り返すのですが、相変わらず現在には何の変化も見られません。ですが、実は...。

●『ぶたっ腹のかあちゃん』

「わいはジョー・スペードや―鐘や太鼓で探してもこれだけのインテリは見つからんど」

こう自負する頭の良い男が、酒場でみつけた相棒モーリスと一緒に、塵芥処理装置を発明します。要するに、不要な物を何でも除去する機械なのです。

「モーリスは、自分の肝臓と腎臓と頭のなかからカスをすっかり掃除せえと、機械にプログラムしよった。機械はいうこと聞きよった。あっちゅうまに、モーリスの二日酔いは全快や。ひげも剃れたし、盲腸もとれた。合図一発なんでも消えるど」

機械に「ぶたっ腹のかあちゃん」と名前をつけて、見本市に出すと、大人気、うはうは喜んでいたスペードですが、ふとあることに気づきます。まぁ、作った時に気づかない方が悪いんですけれどね。

●『七日間の恐怖』

「ぼく、消失器をこさえたんだ。ビールのあきカンの底をくりぬくだけいいんだよ。それから赤いボール紙を丸く切って、まんなかにのぞき穴をあけたのを二枚作ってさ、あきカンの両はしにはめこむの。それで、のぞき穴からのぞいて、目をぱちっとまばたきするとね、のぞいたものがなんでも消えちゃうのさ」

『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するザ・ハンドより始末の悪い、この坊やの発明のおかげで町中が大騒ぎになる楽しいお話です。また、最後の一行アンソロジーの資格十分の作品です。

●『一期一宴』

「見かけはいま墓場から掘り出されたみたいだが、けっこうピンピンしてやがる」「奇妙きてれつな奇っ怪野郎」が、今うちの店にいると、行きつけの酒場の主人から電話をもらったジョン・サワーワイン、通称苦虫ジョンはさっそく出むきます。マックスキーという名前のその男は、主人の言うには、4皿目のスパゲッティを食べている最中だったのですが、既に卵を24個、ハンバーガーを12個、サンドイッチを6人前、クラブバーガーを6個、特大ホットドッグを5個、ビールを18本、それにコーヒーを20杯たいらげていて、その食欲はまだ衰えを見せていませんでした。そして、ガリガリに痩せていたその体は、ジョンが見ているうちに、次第に膨らんでいき、体内に明かりがともったように、全身が赤くほてってきたのでした。はて、この男は何者なのでしょう。ジェームズ・コバーンが主演した『電撃フリントGO!GO作戦』(1966年)の主人公と同じ特技を持っているというのがヒントです、と言っても分かりませんかね。

本作の原題は One at a Time ですが、実にうまい邦題です。

●『千客万来』

ある日突然、スカンディアと称するところ(星?)から、大量のスカンディア人がやってきました。新聞記事にはこう書かれています。

「スカンディアがどこにあるにせよ、地球がこの二日間にそこから百億人の訪問客を迎えたことは、明らかな事実である。彼らのために、地球が一週間以内に滅亡するだろうことも、明らかな事実である。彼らは目に見えない輸送手段を使って出現したが、おなじ手段を使って立ち去ろうとする気配はない。食料はなくなるだろう。われわれの呼吸する空気さえ、なくなるだろう。彼らはあらゆる国語をしゃべり、礼儀正しく、友好的で、感じがいい。にもかかわらず、われわれは彼らに滅ぼされるだろう」

これも最後の一行アンソロジーの資格十分の作品です。


さて、これだけで、ラフィティが普通のSF作家ではないことが、お分かりいただけるでしょう。好みが合わない方もいるでしょうが、星新一が好きな方であれば気に入るのではないかと思います。

なお、彼の作品には現代社会への批判や皮肉も数多く見られます。最後に一つだけそれを紹介しておきます。

「高い官職に長いことつきたがるなんて、いったいそこまで人間が病的になれると、考えられるかね」(『カミロイ人の初等教育』より)

エネルギーが残っていないからと正直に言って、40代で辞任した首相のいるニュージーランドと違って、70代80代で偉そうにしている政治家が珍しくないこの国はどうなっているのでしょうね。アメリカの大統領も80代ですが、政治家って、そんなに楽な仕事なのかと思うのは私だけなのでしょうか。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2278 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. ef2023-01-26 07:47

    おぉ、これを取り上げてくださいましたか!
    ラファティって、ほんとうに嘘つき親父ですよね~(そこが楽しいのだけれど)。
    もっと読まれても良い作家さんだと思っています。

  2. hacker2023-01-26 10:37

    いや、面白くて楽しい本でした。どんな小説でもそうですが、ちゃんとした(?)SFも、ある意味ほら話みたいなものですから、ラファティも立派な(?)SF作家なのでしょう(ね?)

    他の本も読んでみます。

  3. No Image

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