薄荷さん
レビュアー:
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何たる怪作・・・!これはホラーなのか、医療小説なのか・・・?
ご注意!何気に読んではいけません。
ごはん時はもちろん、体が疲れた時も、心が挫けてる時も絶対ダメ!
体調を万全に整え、心構えをしっかり持って、フォロー本を用意してから読みましょう。
この本「廃用身」は医師と、編集者で作られた本・・・という形式の作中作である。
① 本の前半
神戸のクリニックで老人医療に携わる若き医師・漆原糾が、自ら考案した『Aケア』なる画期的な老人介護療法について語っている。
『Aケア』の発端から実際に手術に踏み切るまでの葛藤、その奇跡的な効果と今後の介護問題について、そして最終的に超高齢化社会に進む日本への新しい処方箋として『この新しい【療法】がお年寄りの新しい福音となることを願う』と結んでいる。
ここで言う『Aケア』とは、廃用身(=脳梗塞などの麻痺で動かず、回復の見込みのない手足)を、バッサリ切断して除去する手術療法を指す。
療法というにはあまりに衝撃的であり、猟奇的とさえいえるこの手術で体の大きな部分を失った老人たちの外観の変化は大きい。
だが、硬直や痙攣がある廃用身がなくなることで介護者の負担は減り、
Aケア患者本人も廃用身の疼痛や冷えなどの苦痛から解放され、その部分が無くなったことで体のバランスが整ったり、痴呆状態が改善されたりといった望ましい結果に結びついた。
法的にはまだ認められていないこの「Aケア」だが、考案者である漆原医師は超高齢化社会を迎える日本の介護危機を解決する提案の1つとして熱く語っている。
・・・が、明るく希望に満ちたこの前半は漆原医師の『遺稿』である。
前半での恐さはもちろん『Aケア』なる切断手術を、ノリノリで行う漆原医師とスタッフである。
そもそも人は『どこまであれば』人なのか・・・?
江戸川乱歩の超有名作品として『芋虫』を知らない人はいないだろう。
この本の中で「究極的Aケア」患者のイメージは、この作品に直結する。
古典SF名作『ドウエル博士の首』において、首だけになったドウエル博士は人といえるんだろうか・・・?
視覚を失った須永中尉は超人的な意思と力で自ら命を絶ち、ドウエル博士もまた友人にこの偽りの生を終わらせてくれることを願う。
正確に言えば彼らは廃用身に苦しむ老人ではないから、ここで語るのも不公平といえる・・・が、結果的に人としての幸せは何処にあるのか?
だが、そんな事を問う余裕もなく、日本はもうすでに介護危機に陥っている事も恐い。
② 本の後半
語りを受け継ぐのはこの本の編集者、矢倉氏。
ひょんなことで知り合った漆原医師に好感を抱き、『閉鎖的な医学界にではなく、一般読者に『Aケア』の正しいあり方を訴える』ために執筆を薦めた。(それが前半の原稿である。)
だが、この原稿を世に発表するよりも前に、とある週刊誌が衝撃的スクープとして『Aケア』をすっぱ抜いたところから、事態は最悪の展開をみせる。
他のマスコミもこの『格好のネタ』を逃すはずもなく、発行部数・視聴率を伸ばすため過剰に取り上げていく。
マスコミの追及は『Aケア』だけにとどまらず、漆原医師の過去までを暴きだし、その人となりを攻撃し、しつこい取材陣と露骨に悪意のある証言で漆原医師は追い詰められ、クリニックも閉鎖される。
クリニックから出ることを余儀なくされた老人の一人は自分を虐待してきた家族を惨殺して自殺、また別のクリニックに入所した一人はうつ病となってひっそりと自殺・・・そして『とある事実』を思い出した漆原医師も自分自身に疑問を抱き・・・。
残された漆原夫人は夫の遺志を世に訴えたが、マスコミや世間からバッシングを受け、追い詰められた彼女もまた・・・。
後半ではマスコミと、それに流される「世間」の恐さが浮き彫りとなる。
マスコミがネタ元にした証言者たちは個人的に漆原医師に悪意を抱き、ここぞとばかり格好の攻撃材料となる害意たっぷりの情報・・・というか主観を披露する。
漆原医師死去の後、夫の遺志「Aケア」の正しい評価を訴えてワイドショーに出演した夫人の映像は番組に都合よく編集され、エキセントリックな未亡人のお涙頂戴映像に仕立て上げられた。
近所の主婦称する虚言癖女の意見を『住人皆さんの意見』として報道し、コメンテーターと呼ばれるなんだかよく分からない人々は、それをみて思いついただけ意見を言いはなつ。
編集者である矢倉氏が真実について追求し、この本で発表したからこそ「世間」はその裏側を知る・・・いや、本を読んだ極わずかの「世間」だけが知るわけだが。
真実を意図的に捻じ曲げ報道した責任は、誰か取ったんだろうか・・・?
かつて『オウム真理教』から出た毒物で、とある町の動植物が大量死した事件を思い出す。
今でこそサリン事件のオウムの責任だったと知れるが、当時マスコミは全く関係のない住人を犯人扱いして大々的に報じた。
全く情報を持たない『世間』がそれを見て、その人が犯人ではない!というわけがない。
後日、真実が全て分かった後で「すいませんでしたー」的な小さな記事が各所に出たらしいが、時すでに遅く。
彼の人は町からも、全く関係のない輩からも酷い目にあったそうだ。あの責任は誰が取るのか?誰を訴えればいいのか・・・?
表現・報道の自由には、義務と責任と礼儀は伴わなくてもいいんだろうか?
前半と後半、違う意味でどちらも怖い。それが怖いのは他人事ではないからだ。
明日は我が身。いつ何時、自分が被害者又は加害者になるか分からない・・・。
薄気味悪く、後味悪く、けれど間違いなく怪作であり傑作でもあるこの本は、気軽にお勧めできないけれど読むだけの価値はあると思います。
さて、『廃用身』を読もうと思われた方。
くどいようですが、心身ともに元気ですね?フォロー本は準備しましたか?
後は一つだけ。
読んでて心挫けそうになった方へ・・・この言葉を思い出してください。
『これはフィクションだからね!』
ごはん時はもちろん、体が疲れた時も、心が挫けてる時も絶対ダメ!
体調を万全に整え、心構えをしっかり持って、フォロー本を用意してから読みましょう。
この本「廃用身」は医師と、編集者で作られた本・・・という形式の作中作である。
① 本の前半
神戸のクリニックで老人医療に携わる若き医師・漆原糾が、自ら考案した『Aケア』なる画期的な老人介護療法について語っている。
『Aケア』の発端から実際に手術に踏み切るまでの葛藤、その奇跡的な効果と今後の介護問題について、そして最終的に超高齢化社会に進む日本への新しい処方箋として『この新しい【療法】がお年寄りの新しい福音となることを願う』と結んでいる。
ここで言う『Aケア』とは、廃用身(=脳梗塞などの麻痺で動かず、回復の見込みのない手足)を、バッサリ切断して除去する手術療法を指す。
療法というにはあまりに衝撃的であり、猟奇的とさえいえるこの手術で体の大きな部分を失った老人たちの外観の変化は大きい。
だが、硬直や痙攣がある廃用身がなくなることで介護者の負担は減り、
Aケア患者本人も廃用身の疼痛や冷えなどの苦痛から解放され、その部分が無くなったことで体のバランスが整ったり、痴呆状態が改善されたりといった望ましい結果に結びついた。
法的にはまだ認められていないこの「Aケア」だが、考案者である漆原医師は超高齢化社会を迎える日本の介護危機を解決する提案の1つとして熱く語っている。
・・・が、明るく希望に満ちたこの前半は漆原医師の『遺稿』である。
前半での恐さはもちろん『Aケア』なる切断手術を、ノリノリで行う漆原医師とスタッフである。
そもそも人は『どこまであれば』人なのか・・・?
江戸川乱歩の超有名作品として『芋虫』を知らない人はいないだろう。
この本の中で「究極的Aケア」患者のイメージは、この作品に直結する。
古典SF名作『ドウエル博士の首』において、首だけになったドウエル博士は人といえるんだろうか・・・?
視覚を失った須永中尉は超人的な意思と力で自ら命を絶ち、ドウエル博士もまた友人にこの偽りの生を終わらせてくれることを願う。
正確に言えば彼らは廃用身に苦しむ老人ではないから、ここで語るのも不公平といえる・・・が、結果的に人としての幸せは何処にあるのか?
だが、そんな事を問う余裕もなく、日本はもうすでに介護危機に陥っている事も恐い。
② 本の後半
語りを受け継ぐのはこの本の編集者、矢倉氏。
ひょんなことで知り合った漆原医師に好感を抱き、『閉鎖的な医学界にではなく、一般読者に『Aケア』の正しいあり方を訴える』ために執筆を薦めた。(それが前半の原稿である。)
だが、この原稿を世に発表するよりも前に、とある週刊誌が衝撃的スクープとして『Aケア』をすっぱ抜いたところから、事態は最悪の展開をみせる。
他のマスコミもこの『格好のネタ』を逃すはずもなく、発行部数・視聴率を伸ばすため過剰に取り上げていく。
マスコミの追及は『Aケア』だけにとどまらず、漆原医師の過去までを暴きだし、その人となりを攻撃し、しつこい取材陣と露骨に悪意のある証言で漆原医師は追い詰められ、クリニックも閉鎖される。
クリニックから出ることを余儀なくされた老人の一人は自分を虐待してきた家族を惨殺して自殺、また別のクリニックに入所した一人はうつ病となってひっそりと自殺・・・そして『とある事実』を思い出した漆原医師も自分自身に疑問を抱き・・・。
残された漆原夫人は夫の遺志を世に訴えたが、マスコミや世間からバッシングを受け、追い詰められた彼女もまた・・・。
後半ではマスコミと、それに流される「世間」の恐さが浮き彫りとなる。
マスコミがネタ元にした証言者たちは個人的に漆原医師に悪意を抱き、ここぞとばかり格好の攻撃材料となる害意たっぷりの情報・・・というか主観を披露する。
漆原医師死去の後、夫の遺志「Aケア」の正しい評価を訴えてワイドショーに出演した夫人の映像は番組に都合よく編集され、エキセントリックな未亡人のお涙頂戴映像に仕立て上げられた。
近所の主婦称する虚言癖女の意見を『住人皆さんの意見』として報道し、コメンテーターと呼ばれるなんだかよく分からない人々は、それをみて思いついただけ意見を言いはなつ。
編集者である矢倉氏が真実について追求し、この本で発表したからこそ「世間」はその裏側を知る・・・いや、本を読んだ極わずかの「世間」だけが知るわけだが。
真実を意図的に捻じ曲げ報道した責任は、誰か取ったんだろうか・・・?
かつて『オウム真理教』から出た毒物で、とある町の動植物が大量死した事件を思い出す。
今でこそサリン事件のオウムの責任だったと知れるが、当時マスコミは全く関係のない住人を犯人扱いして大々的に報じた。
全く情報を持たない『世間』がそれを見て、その人が犯人ではない!というわけがない。
後日、真実が全て分かった後で「すいませんでしたー」的な小さな記事が各所に出たらしいが、時すでに遅く。
彼の人は町からも、全く関係のない輩からも酷い目にあったそうだ。あの責任は誰が取るのか?誰を訴えればいいのか・・・?
表現・報道の自由には、義務と責任と礼儀は伴わなくてもいいんだろうか?
前半と後半、違う意味でどちらも怖い。それが怖いのは他人事ではないからだ。
明日は我が身。いつ何時、自分が被害者又は加害者になるか分からない・・・。
薄気味悪く、後味悪く、けれど間違いなく怪作であり傑作でもあるこの本は、気軽にお勧めできないけれど読むだけの価値はあると思います。
さて、『廃用身』を読もうと思われた方。
くどいようですが、心身ともに元気ですね?フォロー本は準備しましたか?
後は一つだけ。
読んでて心挫けそうになった方へ・・・この言葉を思い出してください。
『これはフィクションだからね!』
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スマホを初めて買いました!その日に飛蚊症になりました(*´Д`)ついでにUSBメモリーが壊れて書きかけレビューが10個消えました・・・(T_T)
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この書評へのコメント
- 薄荷2015-02-23 08:05
いやそれにしても…疲れるわ、この本っ!!!
2月初め頃「へー、おもしろそー」なんて気軽に借りてきて読み始め・・・止まらなくなり・・・読了後、あまりの衝撃に思考が止まりました。
とりあえず自分のフォローをすべく、図書館2つとブックオフ3店舗をハシゴして面白そうな本をかき集め、片っ端から読み漁り・・・読了本を山と積んだ2月後半の今、ようやくこの本をふり返るだけの余裕が出来ました(笑)。
ちなみにフォロー本として香月日輪さん『大江戸妖怪かわら版シリーズ』
坂木司さん『引きこもり探偵シリーズ』
はやみねかおる先生の『都会のトム・ソーヤシリーズ』
今野敏さん『STシリーズ』・・・などなど。
(シリーズ物は芋蔓式にたくさん読めてありがたい限りです。)
他にも加門七海さんの『怪のはなし』『呪の血脈』なんて読んでみたら、ものすごく面白かったんですが・・・怖さが増長して失敗でした(笑)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:幻冬舎
- ページ数:402
- ISBN:9784344406391
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