この作品は文章で描かれた十編の「夢」です。美しく不気味でどこかユーモラスで寂しい、様々な情景が広がります。不条理でおぼろな世界を精緻に表現した短編映画のように、視覚と感受性に訴えてきます。
『夢十夜』は、1908年(明治41)に発表されました。考えるに、その前年に発表した『虞美人草』への予想外の反応が、この読者の感性に丸投げするような作品を書かせたのではないかと。『虞美人草』には、自意識が強い行動的な女性と、親にも世間にも従順な女性が登場します。ふたりの行く末が「女性はこうあるべし」と教訓的過ぎる、芸術に教訓はいらないと批判されたのです。
それに対し漱石は反論します。
「一種の教訓的の考えを頭に置いて、其考えに都合の好いように人物を造り、事件を発展させて作物を捏ね上げたと云うことは、自分で作家の資格を削り取ると同じことではあるまいか」(『予の描かんと欲する作品』より)
「あらゆる文芸作品は、ある意味に於いて必ず一種の教訓をもたらすよ。でもあんた方の言う“教訓”とは意味が違うぜ。」(評者要約)とも書いています。
漱石の言う教訓とは、読者が作品を読んで感じる何らかの「真実」だと思うのです。この『夢十夜』は幻想的でとりとめがなく、好きなように心で受け止めるしかない作品です。
「はて、この夢は何を意味するのか・・・」と考えこむのはやめて、「こんな夢を見た。」と束の間の儚いイリュージョンに身を委ね、自分なりの“真実”を感じるのがよろしいかと思います。
「死んだら、埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちてくる星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に坐って待っていて下さい。また逢いに来ますから」(「第一夜」より)
やがて墓標の星の破片の下からは青い茎が伸び、細長い一輪の蕾がふっくりと花びらを開きます。真白な百合は、鼻の先で骨にこたえるほど匂いました。
「百年、待っていて下さい。きっと逢いにきますから」
漱石が亡くなって、今年で百年になりました。





「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。
- この書評の得票合計:
- 38票
| 読んで楽しい: | 16票 | |
|---|---|---|
| 参考になる: | 18票 | |
| 共感した: | 4票 |
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この書評へのコメント
- Wings to fly2016-05-30 06:56
・・・というわけで、
掲示板で「100年目に読む夏目漱石」という企画を始めました。
http://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no244/index.html?latest=20
ちょっと覗いてみてくださいね。皆様のご参加をお待ちしています。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - サンペーリ2016-05-30 07:43
岩波書店さんのページでも漱石没後100年を記念した特別企画やってますよ〜!
”近藤ようこが描く、怪しく美しい漱石の夢の世界
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」(第一夜)――。漱石没後100年を記念して、『夢十夜』を近藤ようこ氏が漫画に! 漱石の内面の孤独が色濃く表れているとされる『夢十夜』を、稀代の漫画家はどう描くのか。毎月一夜ずつの連載です。ぜひご期待ください。”
http://www.iwanami.co.jp/web_serials/kondo/index.html
(ちなみに、漫画はYONDEMILLで無料公開されていますー。)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2016-05-30 16:05
サンペーリさん
情報ありがとうございます!古書店だった岩波さんが出版社として最初に出したのが、漱石の『こころ』だったのですね。第一夜の「100年待って…」の言葉は、今年みんなが引用しまくるのでしょうね…
お前もだろとつっこまれわ(゚O゚)\(--; ォィォィ
私もYONDEMILLで読んできましたー ♪クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2016-05-30 16:10
かもめ通信さん
『夢十夜』はすぐに読み終わるから、読書計画の障害にはなりませんよ(キッパリ)!是非お手にとって感想を聞かせて下さいね(^ ^) それから↑の本の書評もそのうち掲示板にお持ち下さいまし。お願いしますよー♪クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - calmelavie2016-05-31 22:21
Wings to flyさん、こんばんは。
僕が漱石で一番好きなのが、この『夢十夜』です。
>「はて、この夢は何を意味するのか・・・」と考えこむのはやめて、「こんな夢を見た。」と束の間の儚いイリュージョンに身を委ね、自分なりの“真実”を感じるのがよろしいかと思います。
まさにその通りだと思います。
(ただそれだけを伝えたくてコメントさせていただきました。)
失礼しますm(_ _)mクリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2016-06-01 12:45
calmelavieさん
嬉しいコメントをありがとうございます(^ ^)
そして、私も漱石作品の中でこれが一番好きです。
掲示板の漱石読書会へも是非遊びにいらして下さい!クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:
- ページ数:85
- ISBN:B009IXLX1A
- 発売日:2012年09月27日
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