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ゆうちゃん
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カオスに関して、まずはその分野を造っていった学者たち、後には種々に応用できることを証明した学者たちが学会の無理解を乗り越えてカオス学を確立していく過程を述べた本。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

カオスと言うと、自分は熱力学の法則、乱雑さの極みだと思っていた。巻末の解説を読むとまだ学術用語として定義が確立されてはいないようだが、それは裏を返せば、自然のいろいろな現象に応用可能で、種々の分野にも使われているために逆に定義もし辛いのかも知れない。巻末の言葉を借りれば、「非線形の確定系に生じる不規則な振動現象」ということになるようだ。つまり、物理現象は真の平衡状態に確定することなく、いろいろな一時的平衡状態に陥りがちである、ということらしい。

自然現象は、数学的には(偏)微分法的式で記述されるが、たいがいのこの微分方程式は代数的には解くことが出来ない。本書ではこれを非線形性と呼んでいるが、確かに電気回路を扱う自分にも非線形はやっかいな代物である。
本書では、最初に気象、生物の増減など身近な事象からカオスを説き起こしているが、気象現象に関してはローレンツが最初にカオス論を主張した分野でもある。恐ろしいことに、この非線形は、微分法的式の境界条件である初期値に鋭敏に依存し、地球の大気、気象もその例外ではないことである。本書の刊行された90年代前半では、地球の全球凍結(地球全体が凍りつくこと)について、確立された学説はなかったと推測される。しかし、2004年頃に見たNHKの番組では、少なくとも46億年の地球史の中で、全球凍結が2回起きていることが実証されたと説明されていた。この様な状態は、ごくごく例外的な気象条件だと思っていたが、カオス論ではとっくに実証されたことらしいし、起きても不思議ではない現象である。
その他、生物の増減、これも一般の生物論、人口論としては、個体数の増大→食料の不足→個体数の減少→食料の余剰→個体数の増大というような過程を踏んである一定の個体数で平衡状態になると学んできたつもりであった。しかし、単純なふたつの数列式の記述でこの様な現象を模擬しても、初期値や係数の鋭敏性によりこのような平衡状態に陥ることはまれで、いろいろな平衡状態を繰り返しつつ、安定しない場合も多々あることが計算で証明されている。これも自分にとっては、全く予想外の結果で、カオス論が当初は、学会に受け入れ難かった理由がよくわかる。

カオス論のもうひとつの側面、フラクタルや次元に関しては、それなりの記述がされているようだが、残念ながらもう少し説明があってもよかったのではないかと思われる。分数で記述される次元、ファイゲンバウムの収束比率など数学的な側面を知りたかったが一般向けの本としては他書に譲るのもやむを得ないか。数学的な側面としては、ニュートン法で多項式方程式の解を求めるときに、複素平面上の任意の点を出発点とした場合、いくつかある解のうちどの解に収束するかを論じた部分であろう。
x^4=1と言ったような単純な方程式でさえ、4つの解(±1、±i)になるのは複素平面のどこを出発点とした時なのか、複素平面を色分けすると、境界が不明瞭な見事なフラクタルが出現する。

本書の最後の方では、生物学や医学への応用に触れられ、複雑であるが故に単純なモデルでいろいろな現象が記述される利点と活用の様子が述べられている。この分野を確立してきた学者たちの苦労が報われてなによりだが、日本でのカオス論はまだまだ特殊な分野とみなされがちのように思える。本書が90年代の出版であるなら、カオス論についてもう少し専門的に記述された書籍を探して読んでみたいと思うような内容である。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1696 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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この書評へのコメント

  1. 風竜胆2017-07-26 22:59

    これ、私ももっていたはずですが、どこかに埋もれていますw
    ところで、世界で初めて物理的なカオス現象を発見された上田さん(たしかこの本にも載っていたような覚えが)は、私の大学の時の先生の兄弟弟子で(非線形現象の大ボスC.H氏の門下でしたw)、友人が上田さんの研究室(当時は教授のいない助教授でした)にいたので、私もよく出入りしました。
    ただ昔は上田さんの発見したアトラクタがカオスという評価はされてなかったです。以前読んだ、理学系の著者が書いた非線形現象に関する本には、ローレンツアトラクタは載っていても、ジャパニーズアトラクタ(ウエダアトラクタ)は全く無視でした(その人も上田さんと学部は違えど大学は同じなんですよ)。日本の学界というのは・・・
    ところで、書影は、この間買った、上田さんの研究を纏めた本です。暇なときにちびちび読んでいますw

  2. ゆうちゃん2017-07-26 23:52

    コメントありがとうございます。
    上田さんは、この本に載っています。しかも監修者!他ならぬ著者のグリッグ氏から監修のご指名を受けた方だそうですね。すごい方と兄弟弟子なのですね。白状しますが、僕の書評のカオスの定義は、上田さんの巻末の解説のパクリです。一読した後に解説を拝読しましたが、あまりに当を得ていたので、そのまま使わせて頂きました。
    僕は、カオス理論の本はこれ以外読んでいませんが、今では上田さんは日本でのカオス現象の第一人者なのではないでしょうか?
    風竜胆さんの本書のレビューとカオス現象論のレビューも楽しみにお待ちしております!

  3. 風竜胆2017-07-27 00:22

    兄弟弟子は、私の先生(亡くなられましたが)なので、私は上田さんの甥弟子(こういう言葉があるかどうかわかりませんが)となりますかw もっとも大先生のC.H.さんは私が大学に入ったときには既に退官していたので、論文などで名前を見たことしかないのですがww
    なお、このカオス現象論の謝辞には、私の先生の名前と同級生の名前が書いてありました。

  4. ゆうちゃん2017-07-27 23:26

    失礼しました。風竜胆さんの先生と上田さんが兄弟弟子だと書かれていましたね。
    同級生の方にも興味がありますし、こちらのカオスの本についても、私も読んでみたいと思います。

  5. 三太郎2017-08-10 04:12

    フラクタクル図形は懐かしいです。大昔、学生だった頃、研究室のPCを一晩中動かして、複素平面のフラクタクル図形をカラーで描く遊びが流行ったことがありましたね。

    化学の分野ではBZ反応というのが有名で、カオスの一種だったと思います。単なる酸化還元反応のはずなのに、反応が行ったり来たりしてなかなか平衡に達しません。反応が振動する特殊な例でした。

    でもカオスは人間社会では普通の現象かも?経済学の予想がたいてい当たらないのはそのためかとも思います。

  6. ゆうちゃん2017-08-10 20:50

    コメントありがとうございます。フラクタル図形を描くゲームがあったのですね。化学、経済、社会、大概、書籍にされる時は単純化されますが、それで真実が記述されることはないと思います。物理学で有名な三体問題、要素が3つになっただけでもう数式では解けません。カオスやフラクタルを始めとする複雑系は、真実を解き明かす大きな鍵ではないでしょうか!

  7. No Image

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