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あかつき
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わたしは「長崎は美しすぎて、被曝の傷跡が見えない」と思った。しかしそれは、云わば長崎の「勝利」なのだ。
広島・長崎についで被爆者健康手帳の保有者が多い山口県。
山口市にはかつて陸軍病院があり、広島で被曝した第ニニ四師団の兵士が多く運ばれたせいもあるし元来の広島との縁故の深さもあるが、山口市民のわたしにとり広島は近く、長崎は遠かった。
しかし、長姉が長崎に嫁いだこともあってよく足を運ぶようになり、実際に爆心地に立って見たが、広島で原爆ドームで、毎度我が身を掴まれるように受ける衝撃を長崎では感じることが出来なかった。
何故だろう。
長崎は美しい。
美しすぎて、被曝の傷痕が見えないのだ。
被曝マリアで有名な浦上天主堂にも行った。そこには、1959年に再建された美しい聖堂があった。
長崎にも勿論遺構はある。山王神社の片足鳥居、長大医学部の門柱などだが、多くは慰霊碑だ。
広島が最初の被爆地であるなら、長崎は最後の被爆地であるべきで、その存在の重さは等しい。しかし、何故、長崎に被曝の遺構は多く残されていないのか。
たとえば、もし、旧・浦上天主堂の遺構が残されていたら、爆風で破壊され転がる聖人の首や抉れた天使の顔、崩れても美しいアーチを留める外壁など、必ず見るものの胸を打ったはずだ。
日本のカソリックの本拠地である長崎ーーと言うより、浦上ーーに同じキリスト教(徒が大多数の)国であるアメリカが原子爆弾を落としたという事実だけでなく、核の恐ろしさと人間の愚かさ、平和への思いを新たにすることが出来る、宗教や国家を超えた祈りの場になったであろうにと思ってしまう。

何故、原爆ドームは残され、旧・浦上天主堂は地上から消えたのか。(注:遺構の一部は爆心地公園に移築されている)
原爆ドームはもはや廃墟以外の何物でもなかったが、天主堂は祈りの場として「生きて」おり、再建を必要としていたからだろうか。
被曝二世の筆者は、その理由の一部がまず米国にあると解く。
当初天主堂の保存に積極的だった市長は、米国セントポールとの姉妹都市提携のためのアメリカ外遊の後、頑なまでに撤去に拘るようになった。
外遊中、何があったのか。
そもそも、この外遊は誰のどんな意図と出資によるものだったのか。
読んでいて感心したのは、アメリカの目に見えないプロパガンダ「パブリック・ディプロマシー」だ。
これは、政府あげての人材交流といったものだが、将来の政治を担う者、女優俳優など世論を動かす者、左翼や労働運動の活動家など、親米化させたい人物をうまく選んで行っており、心底感心する。「鬼畜米英」と女子供まで叫んでいた国民を、たった10年で親米国民に仕立て上げてしまうのだから、恐ろしい。

米国の意図だけではなく、筆者の目は「浦上」という土地にも延びる。
かつて、キリシタンが辛酸を舐めたその場所(踏み絵などが行われていた庄屋跡)に天主堂を建てる事は、浦上のカソリック教徒達にとっては悲願であった。
故に、遺構を保存するために提案された移転の勧めを、宗教者は受け入れなかった。
彼らにとって原爆は「人類の負の遺産」というより、これまでキリシタンが受けてきた苦難の歴史の一部に過ぎず、「浦上の聖者」と謳われた永井隆によると「浦上が犠牲の祭壇に屠られ燃やされるべき潔き羔として選ばれた」という思想まであった。

遺構を残すべきではないという意向(あら、韻を踏んじゃった)は、どこから発生したのか。
日本、アメリカ、そして教会。
勿論、推測の域を出ないところもある。被曝二都市の方には腹立たしい記載もあるかもしれない。
しかし、戦後の一時期に、長崎が示した態度がーー広島に比べるとーー米国に都合が良いものであったことは、事実なのだろう。

原爆ドームは、世界遺産となった。アウシュビッツやビルケナウに並ぶ負の世界遺産だ。
彼のドームにも、撤去の声が上がったことがあった。老朽化に伴う崩落の危険、住人の「見ているのが辛い」という声……。しかし、ドームは今も建ち、私たちの胸を打つ。
それが遺っている事を訓戒ととる人間もいれば、不快に思う人間もいる。
それが象徴とするものに怒りに覚える人間もいれば、祈りに変える人間もいる。
わたし個人は、旧・浦上天主堂は被曝した姿で留まっていて欲しかった。そして、核廃絶を祈る場になってほしかった。
しかし、敬愛する塩味ビッテン提督の書評を読んで、その考えが浅薄であったと思いなおした。
誠に勝手ながら引用させていただく。
私の愛する長崎はいろいろな歴史的事件を見て、その試練に耐えてきた。原爆被爆はその多くの経験の中の一つの事件に過ぎないと考える懐の広い豊かな街である。本書前半に記されている、キリスト教に対する弾圧の歴史もその一つ、中盤に書かれている「長崎の鐘」誕生秘話もその一つ。出島、維新の志士、三菱重工、グラバー、唐寺など盛りだくさん。
原爆を肯定するわけでもその歴史を忘れるべきというわけでもないが、長崎はナガサキと呼ばれたがっていないと思う。
そうなのだ。
わたしは「長崎は美しすぎて、被曝の傷跡が見えない」と思った。
咲き乱れる花々、くんちの活気、中華街や西洋建築などの異国情緒、丸山遊郭の絢爛と悲哀、キリシタンの悲劇も被爆の傷も全て、あの世界新三大夜景に謳われた弯と海と山のもたらす美しい地形の中で飲み込まれ取り込まれ醸成され、そしてあの奇跡のような街が出来上がっている。
きっと、何も知らず長崎を訪れた人は、原爆の過去を知り「まさか、こんな美しい街に」と驚愕するだろう。

それは、云わば長崎の「勝利」なのだ。

長崎は、その傷跡をも呑み込んでしまった。
それはこうとも言えるのではないだろうか。

平和と祈りの「勝利」なのだ、と。


わたしは夢見る。
バーミヤンの空洞に花が咲き乱れ破壊の痕が消し去られる日を。
チベットの破壊された僧院を祈祷旗が覆い願いを空に送る日を。
地球から愚かしい傷跡が消え去り唯の青い惑星に戻るその日を。
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あかつき
あかつき さん本が好き!1級(書評数:760 件)

色々世界がひっくり返って読書との距離を測り中.往きて還るかは神の味噌汁.「セミンゴの会」会員No1214.別名焼き粉とも.読書は背徳の蜜の味.毒を喰らわば根元まで.

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この書評へのコメント

  1. 塩味ビッテン2017-08-09 08:02

    引用いただき光栄ですぅぅぅ。うるうる♡ 長崎は第2の故郷なのでついつい力が入ってしまい、こっぱずかしいですぅ。

  2. あかつき2017-08-09 08:07

    事前に意向を尋ねたら恥ずかしがって嫌がるだろうと思って無断掲載しました。
    わし慧眼。
    第一の故郷も忘れないでねっ!下関甲子園応援して下さいねっ!

  3. 塩味ビッテン2017-08-09 08:39

    広島も美しい街ですが、Hirosima=Atomic bomと世界中に認識されていて、No
    more Hiroshima. と呼ばれますよね。これって広島市否定みたいで市民としては嫌だろうなってずっと思っていました。あかつき姐さんに書評を読んで「最後の被爆地」って言うのはいい見方だと感心します。Nagasaki must be a final place.なんていう非核アピールは素敵だと思います。
     塩味はラグビー小僧ですから甲子園関係ないもんね。長崎波佐見初日緒戦で粉砕されました。(観てるじゃんと一人突っ込み)

  4. あかつき2017-08-09 08:50

    観てるじゃん、、、
    広島も今は赤い鯉の街ですぜ。今年も優勝だ!って観てないけどさ!

  5. 坂本美香2017-08-09 11:46

    「感動した」ボタンがほしい、、、:( ´•̥ω•̥ `):

  6. あかつき2017-08-09 11:50

    うむ、苦しうない。わしも猫の人肉工場感動した。

  7. 坂本美香2017-08-09 11:55

    材料になってくれる?(・∀・)❤

  8. あかつき2017-08-09 13:35

    やだ❤️

  9. Kiyoぴん2017-08-09 21:51

    酔っ払いながらレビュー読みました。感動した。広島が最初の被爆地なら長崎は最後の被爆地。長崎の勝利。マジ感動した。素晴らしいです。

  10. あかつき2017-08-09 21:15

    わたしも今納涼会の帰りで酔っ払っています。
    アメリカに阿って非核条約に締結しなかったアホーな政府なんて転覆しちまえ。
    え?彼は山口県人じゃないですよ。東京生まれ東京育ちの東京人です。

  11. Kiyoぴん2017-08-09 21:51

    都合のいい時に使う自称長州人。安倍ではなく阿部と名乗るべきかと。

  12. 塩味ビッテン2017-08-10 14:33

    因みに林義正文部科学大臣は生粋の長州人。塩味の同級生ですから碌なものじゃないかも。

  13. あかつき2017-08-10 15:06

    生粋の長州人は潜在的過激派ですから、((((;゚Д゚)))))))((((;゚Д゚)))))))

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