書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

Wings to fly
レビュアー:
主役の警部は記憶喪失。設定を生かし切ったストーリー展開に、手に汗握りっぱなしの時代ミステリ。
シャーロック・ホームズ登場の少し前、クリミア戦争終結の少し後、19世紀半ばのロンドンを舞台にしたミステリである。この小説の最大の面白さは、殺人事件を追う主役の警部が、記憶喪失だということだ。

首都警察のモンク警部は病院のベッドで目覚めるが、自分がどこの誰かもわからない。見舞いに来た上司に、名前と職業と、自分が馬車の転倒事故に遭ったことを知らされる。失業保険なんか無い当時は、仕事を首になった平民は即座に無一文になってしまう。モンク警部は、まだ何ひとつ思い出せないことを隠して職場に復帰するが、上司はなぜか自分に敵意を燃やし、迷宮入り寸前の殺人事件を押し付けられてしまうのだった。

自己認識が崩壊している人が事件をどうやって解明するのだろう、という面白さがひとつ。モンク警部はまず、自分が直観力と行動力に優れた腕利き警官であることを発見する。同僚の名前は思い出せなくても、捜査のやり方は身体が覚えている男。そして彼は、自分が出世欲の強い人間で、心許せる友もなく、たったひとりの妹にも冷たかったことを発見する。見知らぬ自分と向かい合い、その傲慢さを恥ずかしく思うようになるが、誰にも本心を打ち明けられない。その孤独の深さ、たとえ自分を軽蔑することになろうと、真実を求めようとする覚悟にジーンとする。

カッコイイ女性も登場する。貴族の娘ヘスターは、クリミア戦争の野戦病院の看護婦として、ナイチンゲールと共に働いていた。男の言いなりに生きるのが淑女の鏡という時代に、自立を求める媚びない女へスターと頑固なモンク警部は激しくぶつかり合い、ここぞという時に共に戦う。

終盤の盛り上がりの凄いったらない。彼はなんと、自分が事件に関わっていた証拠を見つけてしまうのだ。その一方、捜査の失敗を理由に彼を首にしようと狙う上司の存在がある。進むも地獄引くも地獄、自分が何をしたのかを震えながら探るモンク警部の謎解きには、今後の人生がかかっている。心憎いほどに「記憶喪失」という設定を生かした展開は、手に汗握りっぱなしにさせてくれる。

夕闇を照らすガス灯、行き交う辻馬車。貴族の大邸宅と貧民街の対比。ヴィクトリア朝ロンドンの雰囲気を満喫できる。そしてこの作品の中心にあるのは、クリミア戦争がイギリス人の心に残した傷跡である。1990年のアガサ賞最優秀長編賞ノミネート作、時代ミステリの魅力が詰まった一冊だ。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

読んで楽しい:17票
素晴らしい洞察:1票
参考になる:23票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『見知らぬ顔』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ