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主役の警部は記憶喪失。設定を生かし切ったストーリー展開に、手に汗握りっぱなしの時代ミステリ。
シャーロック・ホームズ登場の少し前、クリミア戦争終結の少し後、19世紀半ばのロンドンを舞台にしたミステリである。この小説の最大の面白さは、殺人事件を追う主役の警部が、記憶喪失だということだ。
首都警察のモンク警部は病院のベッドで目覚めるが、自分がどこの誰かもわからない。見舞いに来た上司に、名前と職業と、自分が馬車の転倒事故に遭ったことを知らされる。失業保険なんか無い当時は、仕事を首になった平民は即座に無一文になってしまう。モンク警部は、まだ何ひとつ思い出せないことを隠して職場に復帰するが、上司はなぜか自分に敵意を燃やし、迷宮入り寸前の殺人事件を押し付けられてしまうのだった。
自己認識が崩壊している人が事件をどうやって解明するのだろう、という面白さがひとつ。モンク警部はまず、自分が直観力と行動力に優れた腕利き警官であることを発見する。同僚の名前は思い出せなくても、捜査のやり方は身体が覚えている男。そして彼は、自分が出世欲の強い人間で、心許せる友もなく、たったひとりの妹にも冷たかったことを発見する。見知らぬ自分と向かい合い、その傲慢さを恥ずかしく思うようになるが、誰にも本心を打ち明けられない。その孤独の深さ、たとえ自分を軽蔑することになろうと、真実を求めようとする覚悟にジーンとする。
カッコイイ女性も登場する。貴族の娘ヘスターは、クリミア戦争の野戦病院の看護婦として、ナイチンゲールと共に働いていた。男の言いなりに生きるのが淑女の鏡という時代に、自立を求める媚びない女へスターと頑固なモンク警部は激しくぶつかり合い、ここぞという時に共に戦う。
終盤の盛り上がりの凄いったらない。彼はなんと、自分が事件に関わっていた証拠を見つけてしまうのだ。その一方、捜査の失敗を理由に彼を首にしようと狙う上司の存在がある。進むも地獄引くも地獄、自分が何をしたのかを震えながら探るモンク警部の謎解きには、今後の人生がかかっている。心憎いほどに「記憶喪失」という設定を生かした展開は、手に汗握りっぱなしにさせてくれる。
夕闇を照らすガス灯、行き交う辻馬車。貴族の大邸宅と貧民街の対比。ヴィクトリア朝ロンドンの雰囲気を満喫できる。そしてこの作品の中心にあるのは、クリミア戦争がイギリス人の心に残した傷跡である。1990年のアガサ賞最優秀長編賞ノミネート作、時代ミステリの魅力が詰まった一冊だ。
首都警察のモンク警部は病院のベッドで目覚めるが、自分がどこの誰かもわからない。見舞いに来た上司に、名前と職業と、自分が馬車の転倒事故に遭ったことを知らされる。失業保険なんか無い当時は、仕事を首になった平民は即座に無一文になってしまう。モンク警部は、まだ何ひとつ思い出せないことを隠して職場に復帰するが、上司はなぜか自分に敵意を燃やし、迷宮入り寸前の殺人事件を押し付けられてしまうのだった。
自己認識が崩壊している人が事件をどうやって解明するのだろう、という面白さがひとつ。モンク警部はまず、自分が直観力と行動力に優れた腕利き警官であることを発見する。同僚の名前は思い出せなくても、捜査のやり方は身体が覚えている男。そして彼は、自分が出世欲の強い人間で、心許せる友もなく、たったひとりの妹にも冷たかったことを発見する。見知らぬ自分と向かい合い、その傲慢さを恥ずかしく思うようになるが、誰にも本心を打ち明けられない。その孤独の深さ、たとえ自分を軽蔑することになろうと、真実を求めようとする覚悟にジーンとする。
カッコイイ女性も登場する。貴族の娘ヘスターは、クリミア戦争の野戦病院の看護婦として、ナイチンゲールと共に働いていた。男の言いなりに生きるのが淑女の鏡という時代に、自立を求める媚びない女へスターと頑固なモンク警部は激しくぶつかり合い、ここぞという時に共に戦う。
終盤の盛り上がりの凄いったらない。彼はなんと、自分が事件に関わっていた証拠を見つけてしまうのだ。その一方、捜査の失敗を理由に彼を首にしようと狙う上司の存在がある。進むも地獄引くも地獄、自分が何をしたのかを震えながら探るモンク警部の謎解きには、今後の人生がかかっている。心憎いほどに「記憶喪失」という設定を生かした展開は、手に汗握りっぱなしにさせてくれる。
夕闇を照らすガス灯、行き交う辻馬車。貴族の大邸宅と貧民街の対比。ヴィクトリア朝ロンドンの雰囲気を満喫できる。そしてこの作品の中心にあるのは、クリミア戦争がイギリス人の心に残した傷跡である。1990年のアガサ賞最優秀長編賞ノミネート作、時代ミステリの魅力が詰まった一冊だ。
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:523
- ISBN:9784488295011
- 発売日:1995年09月01日
- 価格:903円
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