Yasuhiroさん
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脇功氏追悼: イタリア幻想文学の巨匠プッツァーテイの作品集、不条理のなかにおかしみを感じる文章を柔らかく簡潔明瞭に訳されている。
かもめ通信さんのRTでイタリア文学の翻訳者脇功氏が他界されたことを知りました。享年82歳でいらしたそうで、心よりお悔やみ申しあげます。
イタリア文学の日本への紹介に多大な功績のあった方で、このサイトでもしばしば見かける、ディーノ・プッツァ―ティ、イタロ・カルヴィーノ、ガブリエレ・ダヌンツィオ、アルベルト・モラヴィアなども脇氏の翻訳本が多く見受けられます。
私は英語、ドイツ語以外の言語は全く門外漢なので、原文を参照できない本は古典を除いてあまり紹介はしておらず、脇氏の訳書も紹介していません。ただ、昔から読んではおりまして、過不足なく簡潔で明瞭な、それでいて不思議に柔らかさを感じる文章に好感を持っていました。この柔らかさというのは固いドイツ語と柔らかいイタリア語の違いなのかもしれませんが、おそらくは氏の個性でもあったのだと思います。
そんな脇氏の文章を知るのに好適な一作を紹介したいと思います。プッツァ―ティの短編集で、カルヴィーノとともにイタリア幻想文学の巨匠と呼ばれていたのを私が耳にしたのは随分若い頃だったような気がするのですが、最近でもefさん、ことなみさん、踊る猫さんと並居る本サイトの名レビュアーの皆さんが取り上げられている事には、今も古びない脇氏の名訳も寄与していると思います。
もちろん原作も素晴らしいものです。もともとはストレーガ賞受賞作の「六十物語」から精選された16篇の短編集で、初版は河出書房新社から脇功氏の訳で1974年に刊行されました。1990年に同社より新装版が出て、更には岩波文庫から同氏が一作を削って少し手を加え、解説を書き改めて2013年に新たに発行されたそうです。随分息の長い作品集ですが、ここに収められているのはプッツァ―ティのキャリアの初期~中期にまたがっており、作風も随分変わってきていることもわかります。
彼はイタリアのカフカと呼ばれ、不条理を強調されることが多いですが典型的な不条理劇は、軽い病気で入院したはずの病人がずるずると底なし沼に引き込まれるような「七階」くらいのもので、それよりは短編・長編を問わず、幻想文学の中に軽妙に不条理を混ぜ込んでいるという印象を受けます。
不条理に関しては踊る猫さんが詳細に解説されていますが、カフカとプッツァ―ティの不条理の中の「可笑しみ」の違いを堪能するのにこの短編集や代表作「タタール人の砂漠」は好適です。
その作風には彼の故郷の北イタリアの荒涼たる風景が色濃く反映されています。その風景と彼の夢の世界が混ざり合ったような不思議な世界が表題作「七人の使者」でしょう。図らずも永遠にも思える旅を運命づけられた主人公は悪夢の中にいるようでいて、不思議な満足感と達観が見て取れます。
このような夢を人はしばしば見るのではないでしょうか?でも、フロイトやユング流の夢分析をするのは野暮というもの、この短くも美しい文章を楽しみ心に残しておくだけにしておく方がいいのではないかと思います。
もう一つの表題作「神を見た犬」はキリスト教の神を主題とはしていますが、ラストのどんでん返しでも分かるように、プッツァ―ティはそれほど神や信心という事に固執していません。「円盤は舞い降りた」でもそうですが、むしろ彼流のコメディの題材として扱っている印象を受けます。
それより彼のこだわりが見えるのは母への愛。時間と距離が不条理に伸びていく「急行列車」という作品の中で唯一感動的に語られているのは四番目の駅での母との邂逅。彼の人生観さえ感じさせる作品です。
「タタール人の砂漠」も母との別れから始まりますし、彼にとって母は神よりも大事な存在であり、こだわりを持って書き続けたテーマであったと思います。
その他にも達者な書き手だな、と思わせる作品がずらりと揃っており、それを脇氏は見事に訳されています。個人的には古き良きものが現代文明にとってかわられる哀しみが描かれる「竜退治」が好きです。
最後に再度、脇功氏のご冥福をお祈りいたします。
イタリア文学の日本への紹介に多大な功績のあった方で、このサイトでもしばしば見かける、ディーノ・プッツァ―ティ、イタロ・カルヴィーノ、ガブリエレ・ダヌンツィオ、アルベルト・モラヴィアなども脇氏の翻訳本が多く見受けられます。
私は英語、ドイツ語以外の言語は全く門外漢なので、原文を参照できない本は古典を除いてあまり紹介はしておらず、脇氏の訳書も紹介していません。ただ、昔から読んではおりまして、過不足なく簡潔で明瞭な、それでいて不思議に柔らかさを感じる文章に好感を持っていました。この柔らかさというのは固いドイツ語と柔らかいイタリア語の違いなのかもしれませんが、おそらくは氏の個性でもあったのだと思います。
そんな脇氏の文章を知るのに好適な一作を紹介したいと思います。プッツァ―ティの短編集で、カルヴィーノとともにイタリア幻想文学の巨匠と呼ばれていたのを私が耳にしたのは随分若い頃だったような気がするのですが、最近でもefさん、ことなみさん、踊る猫さんと並居る本サイトの名レビュアーの皆さんが取り上げられている事には、今も古びない脇氏の名訳も寄与していると思います。
もちろん原作も素晴らしいものです。もともとはストレーガ賞受賞作の「六十物語」から精選された16篇の短編集で、初版は河出書房新社から脇功氏の訳で1974年に刊行されました。1990年に同社より新装版が出て、更には岩波文庫から同氏が一作を削って少し手を加え、解説を書き改めて2013年に新たに発行されたそうです。随分息の長い作品集ですが、ここに収められているのはプッツァ―ティのキャリアの初期~中期にまたがっており、作風も随分変わってきていることもわかります。
彼はイタリアのカフカと呼ばれ、不条理を強調されることが多いですが典型的な不条理劇は、軽い病気で入院したはずの病人がずるずると底なし沼に引き込まれるような「七階」くらいのもので、それよりは短編・長編を問わず、幻想文学の中に軽妙に不条理を混ぜ込んでいるという印象を受けます。
不条理に関しては踊る猫さんが詳細に解説されていますが、カフカとプッツァ―ティの不条理の中の「可笑しみ」の違いを堪能するのにこの短編集や代表作「タタール人の砂漠」は好適です。
その作風には彼の故郷の北イタリアの荒涼たる風景が色濃く反映されています。その風景と彼の夢の世界が混ざり合ったような不思議な世界が表題作「七人の使者」でしょう。図らずも永遠にも思える旅を運命づけられた主人公は悪夢の中にいるようでいて、不思議な満足感と達観が見て取れます。
このような夢を人はしばしば見るのではないでしょうか?でも、フロイトやユング流の夢分析をするのは野暮というもの、この短くも美しい文章を楽しみ心に残しておくだけにしておく方がいいのではないかと思います。
もう一つの表題作「神を見た犬」はキリスト教の神を主題とはしていますが、ラストのどんでん返しでも分かるように、プッツァ―ティはそれほど神や信心という事に固執していません。「円盤は舞い降りた」でもそうですが、むしろ彼流のコメディの題材として扱っている印象を受けます。
それより彼のこだわりが見えるのは母への愛。時間と距離が不条理に伸びていく「急行列車」という作品の中で唯一感動的に語られているのは四番目の駅での母との邂逅。彼の人生観さえ感じさせる作品です。
「タタール人の砂漠」も母との別れから始まりますし、彼にとって母は神よりも大事な存在であり、こだわりを持って書き続けたテーマであったと思います。
その他にも達者な書き手だな、と思わせる作品がずらりと揃っており、それを脇氏は見事に訳されています。個人的には古き良きものが現代文明にとってかわられる哀しみが描かれる「竜退治」が好きです。
最後に再度、脇功氏のご冥福をお祈りいたします。
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馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8
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- 出版社:岩波書店
- ページ数:304
- ISBN:9784003271926
- 発売日:2013年05月17日
- 価格:756円
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