古典とは、ふつう、人がそれについて、「いま、読み返しているのですが」とはいっても、「いま、読んでいるところです」とはあまりいわない本である。そう言ったのはイタロ・カルヴィーノ。(『なぜ古典を読むのか』)
だが同時にカルヴィーノは言う。どんなにたくさんの本を読んでいたとしても、読み終えた本より、読んでいない本の方が圧倒的に多いのだから、心配することはないのだと。
だから私も「恥ずかしながら…」と思い切って告白するが、この有名な作品を最後まで読み通したのは実はこれが初めてだ。
言い訳をするわけではないが、10代の頃から何度も読もうと決意して実際にページをめくりもしたのだ。
だが、その都度途中で、しかもかなり早い段階で挫折し続けてきた。
今回ようやく読み切ることができたのは、Wings to flyさんが主催するネット読書会、100年目に読む夏目漱石のおかげである。
そしてまた「金田夫人が登場するあたりから、話はメリハリが出て面白くなってくる」と教えてくれたぷるーとさんをはじめ、こちらやこちらにあるような興味深い先行レビューを書いて下さった皆さんのおかげだ。
さらには先日読んだ『漱石の思い出』に綴られていた漱石の妻鏡子さんの実に興味深い告白の数々のおかげでもある。
しかし、しかしである。こうした事情にもかかわらず、 大変申し訳ないが『こころ』に続いて今回もまた私はこの物語、ほとんど楽しむことが出来なかった。
そもそもが猫である。
この物語の語り手が猫であることは、もう必然と言うべき。
なにしろこの話、猫が語るのでなければ上から目線の連続で、実に鼻持ちならないインテリのたわごとばかりなのだ。
猫ならば許される。
なにしろ猫ときたら、唯我独尊、我が道を行く、人を人と思わないのか人などケッと思っているのかはさておいて、ツンとすまして許される特別な存在だ。
かの猫が、人々を見下して、あれこれ言う分には文句はいえまい。
これが作者やら猫の飼い主である苦沙弥先生やらの口でああでもないこうでもないと言われ続けたならば、そういうあなたは何様だと文句のひとつやふたつ、三つや四つは言い出さずにはいられないのが人というもの(少なくても私はそう)だ。
だからこそこの設定は非常に興味深い。
もっとも猫故に回りくどい場面がないわけではない。
全くこの猫ときたらどこにでも潜り込んで、あちこちで聞き耳を立てるものだから、主人である苦沙弥先生の宿敵金田家のあれこれも“見てきて”描ける利点はあるが、寒月さんの講演会に出向いていくことはできないから、そのネタを振ろうと思えばどうしたって苦沙弥邸でのリハーサルが必要となる。
語り手を猫としたための工夫が随所に見られて興味深くはあるが、そんなことを考えながら読んでいる方は非常に疲れる。
なら考えずにただただ読めば良いのだろうが、こういう理屈っぽい話を読んでいると読み手もついつい偏屈になってしまうのだ。
そうかと思うとお隣の中学の生徒たちとの攻防がこれまたなんともいたたまれない。
猫が仕入れてきた情報で中学生たちの企みとその背後にある策略が読者に明らかにされる仕組みなのだが、『漱石の思い出』によれば、この中学生達と漱石との衝突は実際にあったことではあるが、その原因は漱石自身が妄想に悩まされてのことだったというなんとも痛ましい話があって、猫が聞いたあれこれが漱石の幻聴のようにも思われて読んでいてなんだかつらくなる。
原作を読む前にそういう情報を仕入れる読者が悪いのだといわれれば、確かにそうかもしれないが、その一方で私の場合、『漱石の思い出』を読んでいなければ、一生『吾輩…』を読み通さずにすごしてしまっていたかもしれないとも思うのだ。
なんといってもこの物語の唯一の救いは苦沙弥先生の奥さんが登場するシーンが楽しかったことだから。
それはさておき、猫があちこち潜入して仕入れてきた情報によって構成されていたはずの物語は、後半に入るとどうしたわけか猫の手を離れ、作者がぐぐっと前面に出てきて変調をきたす。
ところどころにとってつけたように「猫だから」「猫だって」と口を挟みはするけれど、書き手がまどろっこしくなったのか、はたまた興が乗って全面展開したくなってきたからなのかは定かではないが、作品は明らかに一貫性を欠いているように思われた。
だがこれは処女作だ。
処女作にしては着想もよく、読みづらい部分はあるがそれなりに興味深い。
天下の文豪のハードルを勝手にあげているのは私の方だと猫ばりに偉そうに自分で自分に言い聞かせて、私は次の作品へと手を伸ばす。
はたして漱石への苦手意識は克服できるのか、私の無謀なチャレンジは続く……(予定)



本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
この書評へのコメント
- Wings to fly2016-06-21 20:08
いやはやお疲れ様でした(^ ^)かもめ通信さんのこんなに苦しそうな(笑)書評は初めて読んだ気がします。
>無謀なチャレンジ
いえいえ、勇気あるチャレンジでしょ!わたくし、大変に苦手な『華麗なるギャツビー』に早々に挫折してもはや見向きもしないことを密かに反省してます。
次は何かな〜〜♪クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Tetsu Okamoto2016-06-28 11:11
岡山のきびだんごがでてくるエピソードがありますが、どこの店でだれが買ったか、現在ではモデルが特定できています。岡山人なもので、そんなところをおぼえております。
クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2016-06-28 21:28
ふふふっそんなゆうちゃんさんにもってこいの企画がいま開催中です!(飛んで火に入るなんとやらww)
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ガイブン好きさん!お待ちしております♪クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - 祐太郎2017-08-09 06:15
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まだ、この名作がまだアップされてないのです。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2017-08-11 16:53
いや本当に、昨年1年間はWings to flyさんが主催した「100年目に読む夏目漱石」のおかげで、しなくてもいい苦労をしましたよw
http://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no244/index.html?latest=20
何しろこの↑企画が始まる前に読了していた漱石作品は「こころ」と「明暗」だけだったのです。
ちなみにYasuhiroさんが高く買っておられる「こころ」は10代のころから大の苦手で、本が好き!の読書会(課題図書倶楽部)を機に意を決して挑んだ「明暗」はこれ、なかなか気に入ったという前振りでしたw
「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「文鳥」「虞美人草」「三四郎」「それから」「門」「行人」と読んで、感想も書き散らしてきたのですが……。
すみません「草枕」は、未だ手つかずです。。。。(汗)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- ページ数:324
- ISBN:B009IXLHZ2
- 発売日:2012年09月27日
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