大時計が、打つはずのない真夜中の13番目の時を告げる。開かれた扉の向こうにはあるはずのない美しい庭園。これだけで、もうわくわくしないではいられない。
魔法の庭で出会う孤独な少女と、やはりひとりぼっちの少年とが遊びに遊ぶ夏の日。
凍った川をどこまでも(いくつもの村や町を通りすぎながら)二人並んでスケートですべっていく冬の日。
トムとハティとが、互いを幽霊と思いながらひたすらに遊ぶ場面も、彼らを取りまく風景も、絵のように美しい。
ことさらに美しく感じるのは、やがて無味乾燥な都会へと変貌した同じ場所の姿を知っているせいでもある。
時って何だろう。
だれかにとっての数秒と、だれかにとっての何十年と、どちらが意味深いかなんて一言では言えない。数十年よりも、ほんの一瞬のほうが重い価値をもつことはいくらでもあるし。
時は、主観的なとらえ方で意味が変わるものなのだろうか。それぞれの瞬間がそれぞれ意志をもっているように感じることもある。たとえば、異なった在り方をしている二つの時が、思いがけずぴったり重なることがあるとしたら、それはどんな奇跡なのだろう。
「ベッドの近くのコップのなかにつけてある入れ歯は月の光のなかで不気味に笑っていた」
老人の枕元の、ささやかな描写なのだけれど、私はしばらく前から、物語のここのところに引き付けられてしまう。わたし自身がそういう年に近づいているのだ。
この描写だけ取り出せば残酷で滑稽だけれど、別の見えかただってあるのだ。
トムとハティが過ごした庭も、今は狭くてむさくるしいアスファルトの裏庭にすぎない。牧場の向こうで輝いていた川は今は魚も住めない汚い川だ。
でも見た目の姿は変わっても、庭も川も、もとの姿をそのまま内に秘めているのではないだろうか。外からは見えなくても、誰か、そのことがわかり、大切に思う者がいるなら、きっとそこから何か始まる。何か思いがけないこと。庭も丘も川も、人も。
いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。
この書評へのコメント
- ef2025-01-20 14:55
私、不覚にもこの本を読むのが大変遅くなってしまったのです。SF界隈を漁っていて、どうやらこれは必読書ではないのか?! と気付くのがとても遅れてしまいました。
それでようやく読んでみたのです。
なるほどね~、と読んでみて思いました。
児童書、と、一般にはとらえられているのでしょうね。
いいですね。
ふ・ふ・ふ。
そうしてSFファンになる子供たちが増えていくのだ~(笑)。
…………ちなみに、うちの周りには保育園が多いのだ。しかも駅近なので線路とか踏切もすぐそこ。
保母士さんは、お散歩カーに山盛り園児たちを乗せて、線路近くでみんなで電車を見てるの。
子供たちは眼をまんまるくして電車を見ていますね~。
うむ、こうやって、未来の『鉄』が量産されていくのだな~(笑)。
この作品もそう。
そうやって、子供たちは、なにがしかの方向づけを受けていくのかも(もちろん、その先には自分の選択があるわけですけれど)。
クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぱせり2025-01-20 15:19
efさん、児童書、と思いますが、大人には大人の読み方があって、それも楽しいですね。小さい時に好きだった本の好き加減(?)が、年齢とともに変わっていくのも楽しいですし。
『トムは真夜中の庭で』がSFファンの入口で、保育園のお散歩カーが、鉄ファンの入口……ほうほう、そ、そうだったのかー(^-^;
なにかに夢中になっている子どもを見ると、(もちろんもちろん、それだけで終わってしまってもいいんだけれど)確かにそこから方向づけを受けていくこと、ありますよね。何かに熱中する子どもを見ながら、これが何かのきっかけになっているかもしれないなあ、と考えたら楽しくなります。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:岩波書店
- ページ数:358
- ISBN:9784001140415
- 発売日:2000年06月01日
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