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星落秋風五丈原
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ものの善し悪しは考え方ひとつで決まる(there is nothing either good or bad but thinking makes it so)『ハムレット』より
 ロバート・ルイス・スティーヴンソンの『宝島』で語られるフリント船長は、悪名高い海賊団を率いている悪人である。では、なぜ彼が海賊を率いるようになったのか。貧しくて海賊しか生活の術はない。罪を被せられて悪の道に走った、等々…オトナの小説ならばいろいろと理由は考えられるが、子供に語り聞かせる物語ならば「なぜ」は要らない。悪人としての記号の役割を果たすだけで良かったからだ。ではなぜカルの父は、記号としての役割しか必要ないフリント船長に、「いい人だった頃の話」を付け加えたのか。

 オトナになったカルは、父親との会話を覚えている。
欲深いというのは、たったひとつのものをほしがるのとはちがう。何もかもほしがることだ。何がほしいのか自分でもわからないことだ。ひとつのものをほしがるのは問題ない。そういうのは欲深いとはいわないんだ。

 カルはこの続きを覚えていない。不思議でも何でもない。親との会話の全てを覚えていられるわけがないからだ。では、なぜカルはこの続きを聞きたがっていたのか。「ひとつのものを欲しがることを何というのか」を知る事が、彼の救いになるからだ。では、なぜカルは救いを求めるのか。なぜ、なぜ、なぜ…ほぅら、段々ミステリになってきた。

 正直、ハヤカワミステリブックスに収録されている割には、本作はYA小説と言った方が良い。何かの謎を探る場面はほとんどなく、あってもすぐに分かる。謎は問題ではなく、知ってしまった後に登場人物が「これからどうするのか」が問題だ。「どうするのか」は「登場人物達がどう考えるのか」と結びついており、登場人物の中にはカルも含まれる。本来なら「どう考えるのか」はあっても「どうするのか」までは、カルは責任を負わなくて良かった。そうできなかったのは、家庭の事情により、子供時代を強制終了させられてしまったからだ。

カルが「君と似ている」と言われたリチャードも、父親とは疎遠であったものの、苦労知らずのボンボンで、他人の感情をくみ取れるほどオトナではない。「リチャードの人物像がわかりにくい」という意見もあったが、これは作品上わざとだろう。わかりにくい」のではなく人間として定まっていないのだ。漁から遠ざけられてきた彼には、漁に頼るしかない民の生活を理解できる人間としての幅はない。カルに対して言ったことも、どこまでが本当かわからない。もう少し関係を深めてお互いの真意を探れれば良かった。あの一言でスイッチが入ってしまうカルがやりきれない。中途半端なオトナと子供がぶつかってしまった故の悲劇である。
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2338 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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