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mono sashi
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~本との縁を信じて~ #カドブン
本を読み始めた頃、サマセット・モームや三田誠広の読書エッセイを読んだことは、私にとって不幸な体験だったのかもしれない。この世には、自分の知らない小説が果てなく存在しており、読まなければならない小説がごまんとある、と思い知らされたからだ。一冊の本とじっくり向かい合うことよりも、未読の作品の方が気になってしまうぐらい、読書に集中できなかった。

その本の中には、『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』といった、ドストエフスキーの著作も含まれていた。以来、私の本棚には、世界文学の著作に混じってくだんの小説家が表紙をかざる、ある出版社の文庫がならぶようになった。だが、その表紙からただよう重苦しさ(現在の表紙とは異なる)、上下巻にわたる本の厚み、文字でびっしりと埋まったページの前に及び腰となり、なかなか手をつけることができなかった。

長編小説がダメなら、せめて手軽に読める中・短篇小説を読もうと、気休め程度に本にあたった。その間も「読まなければ、読まなければ」との思いが消えることはなかった。それから十数年の歳月が流れた。 (*)私の本棚からはドストエフスキーの本がキレイさっぱりとなくなった。

角川版『罪と罰』が本棚に加わったのは、数年前のことになる。数回にわたり挫折を繰り返しながらも、今年の夏に『罪と罰』をようやく読破した。作品を知ってから、ゆうに二十年の時が経過していた。貧乏学生のラスコリーニコフが及んだ凶行も、彼が罪の赦しを乞う象徴的なシーンも、読む前からすでに知っている。それでも、小説世界を充分に堪能するとともに、全巻を読み通せたという充実感は、何物にもかえがたいものがあった。

『罪と罰』は、貧乏学生のラスコリーニコフが「一個のささいな犯罪は、数千の善事で償える」という信念のもとに、金貸しの老婆を殺害後、罪悪感に苛まれる、その葛藤や煩悶を中心に据えた心理小説だ。雑誌に連載されたのが、日本の時代でいう江戸末期だったことを考えると、作品のはらむ現代性に驚かずにはいられない。

とりわけ、主人公のラスコリーニコフが、老婆殺しに及んだ後の心理状態が印象に残った。犯行後、意志と理性を喪失した彼に、家族や友人がみせる行いと、自らが犯行に及んだ現実との落差に煩悶する姿である。その揺れ動く心理が特に素晴らしかった。

絶望へ至るその心理過程を追っていくと、人と物から切り離された人間の内では、はじめに言葉から無力化されていくと分かる。ラスコリーニコフが、区の警察署に出頭を命じられ、事務官と借用証書についてのやり取りをかわすあたりに、その兆候が表れてくる。人間は否応なく、ことばの生き物であることを痛感せずにはいられなかった。

(*)ドストエフスキーの著作を手放したのは、谷川俊太郎のインタビュー記事を読む機会に恵まれたことにある。記事には、詩人が周囲の人からドストエフスキーの作品を薦めながらも、ようやく手につけたのは、五十代になってから、と語られていた。無理に読まなくても、それに相応しい作品との出合いのタイミングがあるはずだ、とも答えていた。

わたしは記事を読んで楽になった。作品との縁があるならば、それに相応しい時機があるはずだ、と思えるようになったからだ。今夏、『罪と罰』をようやく読み終えた。結果、本との縁を信じて、二十年の歳月を費やしたことになる。
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mono sashi
mono sashi さん本が好き!1級(書評数:91 件)

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(2019/11/16)

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この書評へのコメント

  1. Kurara2018-11-23 00:02

    mono sashiさん♪
    この作品とどう向き合って来たかの様子がよく伝わって来ました。こういう書評もいいな~って思います。数時間、数日の付き合いで終わる本もあれば、読まなくともずっと気に留めている本もあるというか。私もこの本はまだ最後まで到達できず、でもいつかは読了するんだろうな~と思いながら本箱に埋もれています(笑)

  2. mono sashi2018-11-24 19:27

    *Kuraraさん
    おー、ありがとうございます。小説の中身にはあまり触れてないので、書評というには及びませんが、この作品については、本との縁について書きたかったので、これでいいかなと。 Kuraraさんもですかー。上にも書いた通り、作品との縁があると思いますので、読むタイミングが訪れるのをじっくりお待ちなさってください。

  3. Yasuhiro2018-11-28 16:25

    お久しぶりです。興味深く読ませていただきました。

    >ドストエフスキーが表紙をかざる、ある出版社の文庫

    (⌒▽⌒)アハハ! あの文庫ですね。私の実家の本棚でもあの独特の紺色の背表紙がずらっと並ぶ様は異彩を放っており、太宰治の真っ黒に白字の背表紙と双璧の圧迫感でした。

    私は「罪と罰」「白痴」「悪霊」「カラマーゾフ」だけは再読せねばと思い、最近再読しましたが、学生時代の感想をきれいさっぱり忘れており、全く新しい本を読んでる感じでした(笑。

    この本に関しては、学生時代に読んだ時もスピドリガイロフの存在感だけは強烈で、ああそうだった、と思い返していました。とりとめもないコメで失礼しました。

  4. 脳裏雪2018-11-29 00:30

    同上、未成年はパスして
    白痴、悪霊、カラマーゾフ、は必ず読まねばならぬと決めている私です、
    罪罰は26.10.8年おきに四度よんでいます、その都度面白い、白痴は挫折して40年近くは経ってますね、
    しかし、ドストエフスキーは読まねばなりません←あたしが、
    愚妻は高2の時罪罰をよんでいて、途中で止められなくなって学校サボって読破したっといいます、おそるべし、

  5. mono sashi2018-11-30 19:11

    *Yasuhiroさん

    おひさしぶりです。コメントありがとうございます。
    そうです!あの出版社の文庫です!

    世の絶望を一身にまとったようなあのドスト本の威圧感といったらないですよ(泣)。
    今回はお勉強をして、オサレな文庫本で挑んでみました。

    私は「罪と罰」の後に「死の家の記録」を読みました。あとは『悪霊』と『カラマーゾフの兄弟』を読むと決めてます。さてさて、いつになることやら……。

  6. mono sashi2018-11-30 19:22

    *脳裏雪さん

    コメントいただきありがとうございます。「罪と罰」を4度も! すごいっっ!!
    そして奥様のドスト体験も、めっちゃかっこいいです。

    私も「悪霊」と「カラマーゾフの兄弟」は絶対に読むつもりです。
    ただ、後者を読める自信がまったくありませんw

  7. No Image

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