書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

マーブル
レビュアー:
梶井を読み続けるうちに世界が違って見えてくる。

 病という眼鏡だろうか。

 それとも死?死の香り?

 
 内へ内へと向かって、肥大していく空想する魂。
 時に、外へ向かっても、見つめるのは小さきもの。あるいは巨きすぎるもの。

 人へは向かわず。

 恥じらひがちな魂が、人の顔を直視できずに目を逸らす。
 目を凝らすのは遠い雲。翳る日差し。小さき生き物。
 暗い闇。

 闇は落ち着く。

 誰にも見咎められず見つめることができる。


 清冽過ぎる描写は、生活に疲れた者には掴めぬもの。

 非生産の鋭さ。
 生活に、まだ足を取られぬ若さ。
 生活から落伍してしまった弱さ。

 耳を塞いで周囲の音の意味を抹消する。
 他人の拒絶。現実からの逃避。


 一作品ごとに、作者の体調の変化を気遣う気持ちが湧いてくる。

 調子が悪そうだ。
 少し気分が良いのか。
 悪化してきているのでは。
 これはもはや諦めなのか。
 正直な魂が紡ぐ言葉が、当人の身体の具合まで語りだす。

 近づく死への恐れ。研ぎ澄まされていく感性。
 そこに漂う死の香りは、腐臭ではなく、親しいものですらある。


 青春時代。身体が弱く、内向的な者なら誰しも、死を美化し、幻想を抱く。
 青年期を過ぎた我々の身体は、少しずつ死への歩みを進め、次第に幻想は現実に姿を変え、その輪郭を現してくる。

 アスファルトのひび割れがいつもより目立って見える。
 歩道脇のフェンスはこんなにも長く、曲がって続いていたか。

 梶井を読み続けるうちに世界が違って見えてくる。
 若き日に見ていたように。
 歳とともに失った眼鏡を取り戻したか。
 

 死を身近に感じさせる繊細な観察と描写は、賢治を思い出させる。
 もちろん似ていない部分もある。暗さすらも異なる色をしている。
 生まれなのか。環境なのか。

 『檸檬』があまりにも有名で、しかも何だか意味が分からなくて、避けて通っていた梶井。てっきり奇をてらった作風なのだと思い込んでいたが、読んでみると何とも親しみが沸いてくる。若い頃に読んでいればもっと共感できただろうに。何故もっと早く出会わなかったのかと残念に思う。

 主人公の視線がいつの間にかぴったりと自分の気持ちと重なる。流れる時間が共有される。沈む夕陽。刻々と暗くなっていく山の木々。肌をなでる空気が冷えていく。
 身動きせずに。身動きできずに。
 頭の中で考えることばかりで、何かを為す勇気もなかったあの頃。
 人との間に作った壁を、鎧のように弱き身体に纏い。
 痩せ我慢の孤独を、美化して棚に並べ。

 死に寄り添いながら書き続けたかのような梶井が、死を前にして書き上げた作品が、思いの外明るい色調であることにほっとする。

【読了日2021年3月13日】
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
投票する
投票するには、ログインしてください。
マーブル
マーブル さん本が好き!1級(書評数:1070 件)

 文学作品、ミステリ、SF、時代小説とあまりジャンルにこだわらずに読んでいますが、最近のものより古い作品を選びがちです。
 
 2019年以降、小説の比率が下がって、半分ぐらいは学術的な本を読むようになりました。哲学、心理学、文化人類学、民俗学、生物学、科学、数学、歴史等々こちらもジャンルを絞りきれません。おまけに読む速度も落ちる一方です。

 2022年献本以外、評価の星をつけるのをやめることにしました。自身いくつをつけるか迷うことも多く、また評価基準は人それぞれ、良さは書評の内容でご判断いただければと思います。

プロフィール画像は自作の切り絵です。不定期に替えていきます。飽きっぽくてすみません。

素晴らしい洞察:1票
参考になる:19票
共感した:5票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. noel2021-03-15 07:01

    >歳とともに失った眼鏡

    マーブルさんが詩人だとは知りませんでした。確かにわたしたちは、何かを確実に失って今日まで生きてきました。それが詩人の心かもしれません。

    河原町にあって、大学からの帰り道、しょっちゅう通った丸善はもうずいぶん前になくなりました。寂しいことです。

  2. マーブル2021-03-15 20:22

    詩人ではないですよ。でも、ずっと詩は苦手と思っていましたが、この頃論理的な文でもないな、と思っております。

    詩は書きませんでしたが、絵は好きだったので美的に見たいと思っていましたが、歳とともに昔のように見えなくなってしまいました。

  3. noel2021-03-15 20:37

    詩も絵も小説も書いていましたが、どれひとつものになったものはありません。いまだに家内に、あなたの書いたものなんて、なんの芸術性もないとこき下ろされています。

  4. マーブル2021-03-15 21:36

    ははは、手厳しいですね。

    売れればいいのか、売れなくていいのか、わかりませんが、好きなことを持っていて、そこに浸れる時間があることだけでもいいもんだ、と思っています。他人の評価を求めないだけ好きにやって気楽です。

  5. noel2021-03-15 21:45

    その点、ここの住民さんはみんな、優しいひとばかり。ここだけが、唯一、オアシスになっています。

  6. マーブル2021-03-16 06:54

    そうですね。こうやってやり取りが楽しくでき、憩いとなっています。ちょっとした時間だけでも覗くのが習慣になっています。

  7. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『檸檬』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ