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紅い芥子粒
レビュアー:
タリバンの迫害から逃れるため、十歳で故国を去り、イタリアに安住の地を得るまで八年。ある少年の旅の実話が、小説の形式で記されている。
少年は、アフガニスタンのガズニー州にあるナヴァという村で生まれ、十歳までそこで育った。
アフガニスタンは、多民族国家で、ガズニー州は、ハザラ人だけが住む地域だった。
少数派のハザラ人は、タリバンや多数派のパシュトゥン人から酷い迫害を受けていた。
わけもなく殺されたり、捕らえられて奴隷にされたり、兵士にされて殺人行為に使われたり……
父親はパシュトゥン人に殺されたようなものだし、学校の校長と先生は生徒たちの目の前でタリバンに射殺された。

母親は、せめて少年だけでもタリバンの迫害の及ばないところで生きてほしいと願ったのだろう。
星明りの美しい夜に、少年を連れて家を出、国境を越えた。
パキスタンの宿で眠る前、母は、少年の顔を胸におしつけ、三つのことを約束させた。
ひとつ、麻薬には手を出さないこと。
ふたつ、けっして武器をもたないこと。
みっつ、盗みをしないこと。
翌朝、少年が目覚めたとき、母の姿は消えていた。
置き去りにした母を恨んでいるひまはなかった。
その日から、少年の生きるための闘いが始まった。

寝る場所を確保すること、働き口を探すこと、食べ物にありつくこと……
十歳の子どもには、困難なことばかりだった。
それでも、少年は、ひとつひとつをどうにかこうにか乗り越えていく。
母親との約束の三つ目だけは守れなかったけれど。でも、それはしょうがない。盗まなければ餓死していた。

奴隷のような労働に耐え、ときには何か月も野宿し、パキスタンからイランへ、イランからトルコへ、トルコからギリシャへ、ギリシャからイタリアへ…… その旅は八年にも及んだ。
密入国や不法滞在のくりかえし。警察や国境警備隊の目を逃れての、生と死の瀬戸際を歩くような旅だった。
病気や大けがで死にかけたこともあったが、死ななかったのは奇跡に近い。
実際、道連れになった難民の何人かは、少年の目の前で凍死したり、ボートから海に投げ出されたりした。

少年が語った中に、わたしの心に刺さったエピソードがある。
ゴムボートで海を渡ってギリシャにたどり着き、疲労困憊して民家の庭先で眠ってしまったときのこと。
その家の老婦人が、彼を家の中に招き入れてくれた。
その人は、シャワーを浴びさせ、温かいスープをごちそうしてくれ、さっぱりした衣服までプレゼントしてくれた。
言葉も通じない異国の難民の少年と身振り手振りで会話して、バスのチケットまで買ってくれたし、お別れに50ユーロもくれた。
奴隷や野良犬のように扱われることに慣れていたからだろう。少年は、「こういう変わった人もいるのだとおどろいた」と、回想する。
このエピソードを読んだとき、もしわが家の庭の茂みに、裸で傷だらけの少年がうずくまっていたらと自問せずにはいられなかった。
わたしなら、少年を怪しみ、家に固く鍵をかけ、警察に通報してしまうだろう。
この老婦人のせめて半分のやさしさと勇気を心がけて生きたいものだと、思った。

この本が書かれたのは、2011年。
2020年のいま、世界は良くなるどころか、悪い方向に向かっているように思う。
自国第一主義という利己主義、排他主義が蔓延し、自国の利益にならないものは排除しようという流れ。ただでさえ難民の受け入れに消極的な日本という国にも、あのギリシャの老婦人のせめて半分のやさしさと勇気をもってほしいと切に願う。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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