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Wings to fly
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潮風が吹いてきて、少年たちの歓声が聞こえ、過ぎ去りし夏がよみがえる。
ページを開くと美しい海の絵が目に飛び込んでくる。松林に囲まれた穏やかな内海の砂浜、うちつける波は陽射しにきらめいて白く泡立ち、水平線へと広がる青い外海の上には入道雲が浮かんでいる。

作者の佐藤雅彦さんは数々のヒットCMを手掛けたクリエーターで、かの「だんご3兄弟」の作詞者でもある。本書には故郷の静岡県戸田(現沼津市)で過ごした、懐かしい夏の日々が綴られている。作者の分身である主人公・洋次の傍らには幼なじみの遊び友達と、夏休みの間だけ東京から泊まりに来る同い年のいとこのとしちゃんがいて、彼らは毎日毎日飽きもせず御浜(みはま)へ泳ぎにゆく。水中メガネの「すいがん」を持って、海水パンツの内側のポケットに御浜までの渡船代50円を入れて。

海底の砂地で石拾いの競争をし、小さなくらげを捕まえては見せ合い、飛び込み台の下に集まってくる魚やタツノオトシゴを眺めたりする。海はどこまでも透き通り、岩場には群青色に光る小魚が泳いでいる。海風に吹かれ日焼けした少年たちが、泳いで潜って大はしゃぎする様子が目に浮かぶ。そして、書かれていないところまで想像できてしまう。

新鮮な魚が並んでいただろう賑やかな夕食風景、真っ暗になった部屋での内緒話とひそひそ笑い、「早く寝なさい!」と大人の声がして、あわてて目をつぶればそのまま夢の中。気の合ういとこと過ごす日々は、毎日がただワクワクして嬉しい。としちゃんが帰る前の日にはしょんぼり無口になってしまい、としちゃんが帰った日に夏の祝祭は幕を閉じるのだ。

本書は10話の短編で構成されており、最後にはいくつもの夏を通り越した洋次の、眩しい季節の終わりが見えてくる。近くに通える高校がないため、進学する子どもたちは中学卒業と同時に村を出てゆく。

この本には子ども時代の純粋な喜びと弾む心がそのまま新鮮に保存されている。そして、ひとつひとつのエピソードの底には疼くような郷愁がひそんでいる。微笑ましく切なく愛おしい物語だ。忘れられない思い出の放つ、キラキラした夏の輝きに心が照らされる。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

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