ぽんきちさん
レビュアー:
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昭和の香り高い本格ミステリ。老歌舞伎俳優は名探偵。
作者・戸板康二(1915-1993)は元々、歌舞伎や新派の評論をしていた人物である。
一方で、大の探偵小説好きでもあり、江戸川乱歩の熱心な勧めにより、温めていたアイディアで、1篇、探偵小説を書いた。
それが、本書冒頭に収められている「車引殺人事件」である。歌舞伎を少々ご存じの方ならピンとくるであろうように、「菅原伝授手習鑑」の「車引」の場面を題材にした作品なのだ。
松王丸・梅王丸・桜丸の三つ子の舎人の争いを描く様式美溢れる場面。運命のいたずらで、三人は敵味方に分かれてしまっている。牛車の中には悪役・藤原時平が乗っている。三人が争ううちに、車が壊れ、中から時平が現れる、という段取りだ。だが、出てくるはずの時平が、一向に現れない。演じる役者が、車の中で何者かに殺されていたのだ。
この事件の解決に乗り出したのが、老女形、中村雅楽である。これが本作・本シリーズのホームズだ。足が悪いが、思慮深く洞察力に長けている。雅楽に寄り添うワトソン役は新聞記者の竹野。何かと雅楽に相談を持ち掛ける江川刑事はさしずめレストレイド警部といったところか。全体にホームズ雅楽は理知的で穏やかであり、3人の関係性も紳士的な印象である。
さて、時平役は誰に殺されたのか。犯人のトリックから動機まで、物語は本格ミステリの枠組みでかっちりと理性的に作り込まれている。
この一作目が好評であったため、戸板は雅楽が主人公の探偵小説をいくつも書き継いでいくことになる。長編は2篇、短編は80数篇というからすごい。創元推理文庫版では<中村雅楽探偵全集>として全5巻にまとめている。第1巻の本書には短編18篇が収められる。
歌舞伎が舞台ということで、歌舞伎を知らない人にはとっつきにくく思われそうだが、その心配はなさそうだ。歌舞伎を知っているに越したことはないだろうが、歌舞伎の筋を知らないとトリックがわからない等ということはないので、素養がなくても楽しめる。むしろ、ミステリに加えて、歌舞伎の舞台裏を知る楽しさもある。そこは評論家としての実績も十分にある著者のこと、舞台がかっちりしているからこそ、トリックが生きてくる。
シリーズの読み心地をよくしているのは雅楽の人物設定に負うところも大きい。嫌味でなく上品、それでいてどこか底が見えない。女形であり、性別を超越したところがあるのも味となっている。
大抵の作品は舞台を初め、雅楽の周囲で起こる事件を扱っているが、表題作の「團十郎切腹事件」は、少々変わっている。1854年に亡くなった八代目市川團十郎の切腹の顛末が題材。時代的には、雅楽の若いころ、実際に八代目の舞台を見たことがある人がいた、という感じである。この事件を人間ドックで入院中の雅楽が推理する。一種の安楽椅子探偵もので、巻末解説でも触れられているように、ジョゼフィン・テイの『時の娘』を彷彿させる。
さて、その推理はというと、若干フィクション性が高いというか、実際そうだったかは何ともいえないところだが、しかし、そういうことがあったかもしれないと思わせる楽しさがある。時代小説と思えばこれはこれでありかもしれない。
著者はこの作品で直木賞を受賞している。
シリーズ誕生のきっかけを作った江戸川乱歩はもちろん大作家だが、プロデューサーとしても活躍したのだそうで、戸板以外にも乱歩に才能を見出された作家は実は多いのだという。
自身も多くの作品を残しながら、多くの才能を発掘して、雑誌も出して、世界の短編を紹介する仕事もして、と、何だか気の遠くなるような活躍ぶりだが、こういう化け物みたいな人がいたのも昭和という時代の一面かもしれない。
何度か版を重ねている作品群であり、巻末には、河出書房新社で出版した際の乱歩の解説、立風書房版に寄せた著者自身の作品ノート、講談社文庫版の小泉喜美子の解説、さらには創元推理文庫版の解説もある。こちらもなかなかおもしろく読ませる。
トリックには、若干、理が勝り過ぎな感もあるが、本格ミステリものとして楽しく読み終えた。
一方で、大の探偵小説好きでもあり、江戸川乱歩の熱心な勧めにより、温めていたアイディアで、1篇、探偵小説を書いた。
それが、本書冒頭に収められている「車引殺人事件」である。歌舞伎を少々ご存じの方ならピンとくるであろうように、「菅原伝授手習鑑」の「車引」の場面を題材にした作品なのだ。
松王丸・梅王丸・桜丸の三つ子の舎人の争いを描く様式美溢れる場面。運命のいたずらで、三人は敵味方に分かれてしまっている。牛車の中には悪役・藤原時平が乗っている。三人が争ううちに、車が壊れ、中から時平が現れる、という段取りだ。だが、出てくるはずの時平が、一向に現れない。演じる役者が、車の中で何者かに殺されていたのだ。
この事件の解決に乗り出したのが、老女形、中村雅楽である。これが本作・本シリーズのホームズだ。足が悪いが、思慮深く洞察力に長けている。雅楽に寄り添うワトソン役は新聞記者の竹野。何かと雅楽に相談を持ち掛ける江川刑事はさしずめレストレイド警部といったところか。全体にホームズ雅楽は理知的で穏やかであり、3人の関係性も紳士的な印象である。
さて、時平役は誰に殺されたのか。犯人のトリックから動機まで、物語は本格ミステリの枠組みでかっちりと理性的に作り込まれている。
この一作目が好評であったため、戸板は雅楽が主人公の探偵小説をいくつも書き継いでいくことになる。長編は2篇、短編は80数篇というからすごい。創元推理文庫版では<中村雅楽探偵全集>として全5巻にまとめている。第1巻の本書には短編18篇が収められる。
歌舞伎が舞台ということで、歌舞伎を知らない人にはとっつきにくく思われそうだが、その心配はなさそうだ。歌舞伎を知っているに越したことはないだろうが、歌舞伎の筋を知らないとトリックがわからない等ということはないので、素養がなくても楽しめる。むしろ、ミステリに加えて、歌舞伎の舞台裏を知る楽しさもある。そこは評論家としての実績も十分にある著者のこと、舞台がかっちりしているからこそ、トリックが生きてくる。
シリーズの読み心地をよくしているのは雅楽の人物設定に負うところも大きい。嫌味でなく上品、それでいてどこか底が見えない。女形であり、性別を超越したところがあるのも味となっている。
大抵の作品は舞台を初め、雅楽の周囲で起こる事件を扱っているが、表題作の「團十郎切腹事件」は、少々変わっている。1854年に亡くなった八代目市川團十郎の切腹の顛末が題材。時代的には、雅楽の若いころ、実際に八代目の舞台を見たことがある人がいた、という感じである。この事件を人間ドックで入院中の雅楽が推理する。一種の安楽椅子探偵もので、巻末解説でも触れられているように、ジョゼフィン・テイの『時の娘』を彷彿させる。
さて、その推理はというと、若干フィクション性が高いというか、実際そうだったかは何ともいえないところだが、しかし、そういうことがあったかもしれないと思わせる楽しさがある。時代小説と思えばこれはこれでありかもしれない。
著者はこの作品で直木賞を受賞している。
シリーズ誕生のきっかけを作った江戸川乱歩はもちろん大作家だが、プロデューサーとしても活躍したのだそうで、戸板以外にも乱歩に才能を見出された作家は実は多いのだという。
自身も多くの作品を残しながら、多くの才能を発掘して、雑誌も出して、世界の短編を紹介する仕事もして、と、何だか気の遠くなるような活躍ぶりだが、こういう化け物みたいな人がいたのも昭和という時代の一面かもしれない。
何度か版を重ねている作品群であり、巻末には、河出書房新社で出版した際の乱歩の解説、立風書房版に寄せた著者自身の作品ノート、講談社文庫版の小泉喜美子の解説、さらには創元推理文庫版の解説もある。こちらもなかなかおもしろく読ませる。
トリックには、若干、理が勝り過ぎな感もあるが、本格ミステリものとして楽しく読み終えた。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:592
- ISBN:9784488458010
- 発売日:2007年02月28日
- 価格:1260円
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