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Wings to fly
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ひとりの貧しい黒人女性から採取され、医学の未来を激変させた細胞。科学者が顧みることのなかった家族の苦しみを、ヒューマンタッチに描いたノンフィクション。
「ヒーラ細胞」とは、世界初の不死化したヒト細胞株である。その細胞は、子宮頸癌に罹ったヘンリエッタ・ラックスという30代の黒人女性から、本人の同意を得ることなく採取された。1951年にヘンリエッタが亡くなってから、今も自ら増殖し続けているヒーラ細胞は、生物学や医学の研究に多大なる貢献をした。ポリオのワクチンをはじめとする様々な新薬も体外受精も、この細胞株を用いた実験から開発され、現代の遺伝子医療にもつながっている。

本書のテーマのひとつは、ヒーラ細胞がもたらした細胞生物学研究の発展の歴史である。ヒーラ細胞をどのように使って何が生み出されたのか、その研究は(良くも悪くも)社会へどのような影響を与えたのか、などがポイントを絞って記されており、門外漢の人間にもたいへん面白く読み進めることができる。また、現在私たちが受けている医療の恩恵を深く実感させるものでもあった。

またひとつは、周囲に愛された美しいヘンリエッタ・ラックスの人生と、彼女の死後に家族を襲った苦難の歴史である。ヘンリエッタの家族は、彼女の体から取り出された細胞が研究に使われていたことを全く知らされなかった。採取への同意を得ることは医師の義務ではなく、その後ヘンリエッタの細胞が研究者から引く手あまたとなる予測もつかなかったのだからしかたがない。とはいえ、研究者側と家族の、お互いへの無理解は悲劇的ですらある。ヘンリエッタに関する事実が歪曲された刺激的な報道で、家族たちは傷つき心を閉ざした。物心つかぬうちに母を失った娘は言う。

「もしあたしらの母さんの細胞がそんなに医学に役だったんなら、なんでその家族には医者にかかる余裕がないんだろうって、いつも思う。」
「知りたいのは、ただ母さんがどんな人だったかってことだけなんだ。」


娘のデボラの言葉が、本書を書こうと思った著者の気持ちとシンクロしているからだろうか。家族に正しい情報を送り続け、彼らの腹立ちと不満に限りない忍耐を持って接した取材姿勢には頭が下がる。
ヘンリエッタと家族の人生のパートは、物語を紡ぐように描かれている。失った母の温もりを求め続ける姿も、研究者たちにないがしろにされた怒りと悲しみが、母への誇りに変わってゆくまでの道のりも、忘れがたく感動的であった。

体から切り離された組織は誰のものか。その組織を使った研究から画期的な治療薬が生まれたとしたら、提供者はどのように報われるべきなのか。この問いかけへの答えは、いまだに出ていない。科学が倫理観と共に発展する未来でありますようにと祈りつつ、本を閉じた。


ぽんきちさんの書評で知った作品です。ご紹介に感謝!!
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

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この書評へのコメント

  1. ぽんきち2018-05-08 14:40

    ありがとうございます。
    この本、とても感銘を受けた本です。
    Wingsさんの書評、頷きながら拝読しました。

  2. Wings to fly2018-05-08 17:01

    ぽんきちさん
    私はぽんきちさんの書評に感銘を受けて読みたくなりました(^^) そして非常に感動しました。ホントに読んで良かったです!ありがとうございました!
    一筋縄ではいかない家族を何年も追い続けた著者の粘り強さと勇気(根性と言うべきか?)も素晴らしいですね。

  3. No Image

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