三太郎さん
レビュアー:
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「ホンノワ」テーマ:「科学道100冊2021」に挑んでみる!? 参加読書です。手ごわいです❣
本書はサイバネティクスの提唱者であるノーバート・ウィナーによる学術書の翻訳です。サイバネティクスは学際的な研究分野であるから扱うテーマは多岐に渡っていますが、ウィーナー自身は数学者なので、この本はサイバネティクスの数学的な基礎を数学以外の分野を専門とする研究者に解説するという目的の本らしい。だから、僕のような化学が専門で数学が得意でない材料屋にとては敷居がかなり高いです。
しかしこのサイバネティクスという学問は今日の制御工学、電子工学や特にロボット工学の基本になっているから、まったく知らないでは済まされないと思い、蛮勇を振るってこのレビューを書くわけです。ですから、もし間違っていたら優しくご指摘いただけると嬉しいです。
ウィーナーがこの本の初版(第Ⅰ部)を出したのは戦後間もなくの1948年で、第Ⅱ部を補って1961年に改訂版を出しています。1948年というとベル研のショックレーらがトランジスターの発明を公表した年です。世の中にはまだ真空管の電子計算機しかなかった時代でした。そして1961年は世界最初の集積回路(IC)が発売されたばかりだったから、ウィーナーがこの本で提示した自分自身で学習して人の代わりに労働を行う機械(AI付きのロボットか)というビジョンは当時はまだ雲をつかむような話で、今日やっと現実のものとなりつつあると言えるでしょう。ウィーナーはこういったロボットが将来労働者から職を奪うことを心配さえしています(第9章:学習する機械,増殖する機械を参照ください)。
まずサイバネティクスとは何かということですが、Wikipediaによると「サイバネティックス(英語: cybernetics)は,通信工学と制御工学を融合し,生理学,機械工学,システム工学,さらには人間,機械の相互関係(コミュニケーション)を統一的に扱うことを意図して作られ,発展した学問。」ということなので、何らかの信号の受信と、その信号を基に機械なり生物の筋肉などに制御用の信号をフィードバックし、それらの運動をコントロールすることを目的とした学問だといえるでしょう。
第2版への序文には著者がサイバネティクスを構想した経緯と、第二版を書いた理由が述べられているのでまずここから読んでいきます。
著者によれば第1版を書いた時の障害は、統計的な情報の扱い方や制御の概念が目新しく読者の理解が難しかったといいます。その後、通信や自動制御の技術者にフィードバックの役割がよく認識されるようになったと。当初は単純な線形のフィードバックを基本に本を書いたが、その後フィードバックは非線形効果を含めて扱わねばならいことが解ってきたと。
線形な現象では三角関数が重要でフーリエ解析が有効ですが、現実の非線形な現象ではランダムウォークに表れる確率関数を用いる必要があり、数学的にはかなり複雑です。
(線形な現象とは入力が2倍になれば出力も2倍になる現象で、トランジスタで見られるように入力が2倍になったのに出力が3倍とか4倍になる現象は非線形な現象です。)
現実の非線形な電子回路を暗箱(ブラックボックス)とし、その暗箱を構造が解っている装置、つまり複数の明箱(ホワイトボックス)の結合で再現する方法が存在します。それには暗箱と明箱に同じ無作為雑音を与え、両者の出力の積の平均値を係数として、暗箱を多数の明箱の結合として現します。これを行うには両者の出力の積を作る乗算器と平均装置があればよい。さらに適当なフィードバック機構を用いれば自動的にすべての明箱の係数を求めることもできます。これで構造が不明の暗箱と同じ動作を行う明箱の結合による等価回路が得られます。これを応用するとゲームを行いながら学習して自らの動作を改良していく装置も可能になります(今日のAIでしょう)。
つぎに第Ⅰ部の序章を読んでいきましょう。ここで著者はなぜサイバネティクスを発想したかを述べています。それは戦前のハーバード大学医学部での有志による討論会がきっかけだったとか。ここで医学・生理学の研究者と数学者(著者)の共同研究が始まりました。
著者は当時、偏微分方程式を解くための計算機を研究していました。その過程でそのような高速で低ノイズの計算は「0か1か」の2進法のデジタル信号で行う必要があること、計算機はメモリー機能を持つことなどが必要だと考えましたが、この研究は戦時下で中断します。
次に取り組んだ戦時研究は高速度で飛来するドイツの戦闘機をイギリスの高射砲が効率よく撃ち落とすための研究でした。飛行機は砲弾の速さと比較できる程度の速さがあるから、砲弾を当てるには飛行機の一定時間後の位置を推定する必要があります。そこで飛行機の飛行ルートを推定せねばなりませんが、飛行機は砲弾と違ってパイロットが操縦しています。それでも確率的にもっともらしいルートの推定法を編み出す必要があります。また火器の照準手の手の動きも予測しなければなりません。それにはフィードバックの理論が重要でした。
機械の動作のフィードバックの場合、過度のフィードバックはハンチング(振動)を引き起こしますが、人間にも、手で物を拾い上げようとして手が震えて止まらなく企画振せんという症状があるとか。このことから人の手を動かす中枢神経系にはフィードバック機能があることが推察されました。
ある量の一定時間後での予想値を得るには予想すべき現象の統計的性質を知っておく必要がありました。解かなければならないのは、一定時間後の予測の二乗平均誤差を最小にするという問題だと分かりましたが、これは変分法により計算することができます。
また電気信号の背景雑音を取り除く問題にも同じ方法が適用されました。
このようにして、著者らは通信と制御と統計力学(情報量の概念は統計力学のエントロピーで表される)を中心とする一連の問題が、対象が機械であれ生体組織であれ本質的に統一されうることに気が付き、この分野をサイバネティクスと名付けました。
著者は神経生理学におけるニューロン系の等価回路として当時最新の真空管式の電子計算機を考えます。ニューロンの発火は「0か1か」の二進法のデジタル信号であり、著者の考えた電子計算機と同じでした。
遠心性神経により伝達される刺激の強度は1秒当たりのインパルス(電気信号)数には比例しないがその対数とは比例することが解りました(信号は非線形だということです)。またシナプスは一種の一致記憶装置(メモリー)であり、入ってくるインパルスの数が一定の閾値を超えたときにのみ刺激を神経に伝えることも分かりました。これらは感覚の強さが対数的であるというウェーバー-フェヒナーの法則に対応しています。
上記の事実から脊椎動物の筋肉への刺激による周期的収縮(間代痙攣)の周波数の実測値を、電気工学で用いられるフードバック系の発振周波数を求める方法で計算してみるとかなり良く一致しました。
著者は通常の義足の人工関節や足裏に歪や圧力を測るセンサを仕込み、その信号を人体にフィードバックさせることも考えています。
著者はさらに電子計算機を頭脳とし、各種センサからの情報をフィードバックさせることで人工知能をもった労働する機械(AIつきのロボットか)が実現すると予想しています。そしてこの予想が実現すると多数の労働者が職を失うことを懸念しています。
著者はこの新しい産業革命後の社会では、経済的な価値ではなくて人間の価値を尊重する社会を作る必要があると訴えています。著者はこの懸念を労働組合の幹部にぶつけてみましたが、組合の幹部らはそのような労働そのものの政治的・技術的・社会学的・経済的問題を論ずる立場にはないという反応だったとか。
これはまさに現在の我々が近いうちに遭遇すると思われる社会問題でしょう。ウィーナーは、サイバネティクスを作り上げたことで、自分たちは道徳的にあまり愉快でない立場にある、と率直に述べています。意外にもウィーナー自身はこの新しい分野が作りだすだろう未来の社会に対して悲観的であるように読めました。
しかしこのサイバネティクスという学問は今日の制御工学、電子工学や特にロボット工学の基本になっているから、まったく知らないでは済まされないと思い、蛮勇を振るってこのレビューを書くわけです。ですから、もし間違っていたら優しくご指摘いただけると嬉しいです。
ウィーナーがこの本の初版(第Ⅰ部)を出したのは戦後間もなくの1948年で、第Ⅱ部を補って1961年に改訂版を出しています。1948年というとベル研のショックレーらがトランジスターの発明を公表した年です。世の中にはまだ真空管の電子計算機しかなかった時代でした。そして1961年は世界最初の集積回路(IC)が発売されたばかりだったから、ウィーナーがこの本で提示した自分自身で学習して人の代わりに労働を行う機械(AI付きのロボットか)というビジョンは当時はまだ雲をつかむような話で、今日やっと現実のものとなりつつあると言えるでしょう。ウィーナーはこういったロボットが将来労働者から職を奪うことを心配さえしています(第9章:学習する機械,増殖する機械を参照ください)。
まずサイバネティクスとは何かということですが、Wikipediaによると「サイバネティックス(英語: cybernetics)は,通信工学と制御工学を融合し,生理学,機械工学,システム工学,さらには人間,機械の相互関係(コミュニケーション)を統一的に扱うことを意図して作られ,発展した学問。」ということなので、何らかの信号の受信と、その信号を基に機械なり生物の筋肉などに制御用の信号をフィードバックし、それらの運動をコントロールすることを目的とした学問だといえるでしょう。
第2版への序文には著者がサイバネティクスを構想した経緯と、第二版を書いた理由が述べられているのでまずここから読んでいきます。
著者によれば第1版を書いた時の障害は、統計的な情報の扱い方や制御の概念が目新しく読者の理解が難しかったといいます。その後、通信や自動制御の技術者にフィードバックの役割がよく認識されるようになったと。当初は単純な線形のフィードバックを基本に本を書いたが、その後フィードバックは非線形効果を含めて扱わねばならいことが解ってきたと。
線形な現象では三角関数が重要でフーリエ解析が有効ですが、現実の非線形な現象ではランダムウォークに表れる確率関数を用いる必要があり、数学的にはかなり複雑です。
(線形な現象とは入力が2倍になれば出力も2倍になる現象で、トランジスタで見られるように入力が2倍になったのに出力が3倍とか4倍になる現象は非線形な現象です。)
現実の非線形な電子回路を暗箱(ブラックボックス)とし、その暗箱を構造が解っている装置、つまり複数の明箱(ホワイトボックス)の結合で再現する方法が存在します。それには暗箱と明箱に同じ無作為雑音を与え、両者の出力の積の平均値を係数として、暗箱を多数の明箱の結合として現します。これを行うには両者の出力の積を作る乗算器と平均装置があればよい。さらに適当なフィードバック機構を用いれば自動的にすべての明箱の係数を求めることもできます。これで構造が不明の暗箱と同じ動作を行う明箱の結合による等価回路が得られます。これを応用するとゲームを行いながら学習して自らの動作を改良していく装置も可能になります(今日のAIでしょう)。
つぎに第Ⅰ部の序章を読んでいきましょう。ここで著者はなぜサイバネティクスを発想したかを述べています。それは戦前のハーバード大学医学部での有志による討論会がきっかけだったとか。ここで医学・生理学の研究者と数学者(著者)の共同研究が始まりました。
著者は当時、偏微分方程式を解くための計算機を研究していました。その過程でそのような高速で低ノイズの計算は「0か1か」の2進法のデジタル信号で行う必要があること、計算機はメモリー機能を持つことなどが必要だと考えましたが、この研究は戦時下で中断します。
次に取り組んだ戦時研究は高速度で飛来するドイツの戦闘機をイギリスの高射砲が効率よく撃ち落とすための研究でした。飛行機は砲弾の速さと比較できる程度の速さがあるから、砲弾を当てるには飛行機の一定時間後の位置を推定する必要があります。そこで飛行機の飛行ルートを推定せねばなりませんが、飛行機は砲弾と違ってパイロットが操縦しています。それでも確率的にもっともらしいルートの推定法を編み出す必要があります。また火器の照準手の手の動きも予測しなければなりません。それにはフィードバックの理論が重要でした。
機械の動作のフィードバックの場合、過度のフィードバックはハンチング(振動)を引き起こしますが、人間にも、手で物を拾い上げようとして手が震えて止まらなく企画振せんという症状があるとか。このことから人の手を動かす中枢神経系にはフィードバック機能があることが推察されました。
ある量の一定時間後での予想値を得るには予想すべき現象の統計的性質を知っておく必要がありました。解かなければならないのは、一定時間後の予測の二乗平均誤差を最小にするという問題だと分かりましたが、これは変分法により計算することができます。
また電気信号の背景雑音を取り除く問題にも同じ方法が適用されました。
このようにして、著者らは通信と制御と統計力学(情報量の概念は統計力学のエントロピーで表される)を中心とする一連の問題が、対象が機械であれ生体組織であれ本質的に統一されうることに気が付き、この分野をサイバネティクスと名付けました。
著者は神経生理学におけるニューロン系の等価回路として当時最新の真空管式の電子計算機を考えます。ニューロンの発火は「0か1か」の二進法のデジタル信号であり、著者の考えた電子計算機と同じでした。
遠心性神経により伝達される刺激の強度は1秒当たりのインパルス(電気信号)数には比例しないがその対数とは比例することが解りました(信号は非線形だということです)。またシナプスは一種の一致記憶装置(メモリー)であり、入ってくるインパルスの数が一定の閾値を超えたときにのみ刺激を神経に伝えることも分かりました。これらは感覚の強さが対数的であるというウェーバー-フェヒナーの法則に対応しています。
上記の事実から脊椎動物の筋肉への刺激による周期的収縮(間代痙攣)の周波数の実測値を、電気工学で用いられるフードバック系の発振周波数を求める方法で計算してみるとかなり良く一致しました。
著者は通常の義足の人工関節や足裏に歪や圧力を測るセンサを仕込み、その信号を人体にフィードバックさせることも考えています。
著者はさらに電子計算機を頭脳とし、各種センサからの情報をフィードバックさせることで人工知能をもった労働する機械(AIつきのロボットか)が実現すると予想しています。そしてこの予想が実現すると多数の労働者が職を失うことを懸念しています。
著者はこの新しい産業革命後の社会では、経済的な価値ではなくて人間の価値を尊重する社会を作る必要があると訴えています。著者はこの懸念を労働組合の幹部にぶつけてみましたが、組合の幹部らはそのような労働そのものの政治的・技術的・社会学的・経済的問題を論ずる立場にはないという反応だったとか。
これはまさに現在の我々が近いうちに遭遇すると思われる社会問題でしょう。ウィーナーは、サイバネティクスを作り上げたことで、自分たちは道徳的にあまり愉快でない立場にある、と率直に述べています。意外にもウィーナー自身はこの新しい分野が作りだすだろう未来の社会に対して悲観的であるように読めました。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:岩波書店
- ページ数:416
- ISBN:9784003394816
- 発売日:2011年06月17日
- 価格:1134円
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『ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信』のカテゴリ
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