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星落秋風五丈原
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庭師から大統領候補へ 数奇な運命を辿る男の話
 生まれてすぐ富豪に育てられ、屋敷と庭から一歩も外に出た事がないチャンス。彼は、庭仕事をしている以外はひたすらTVを見ている。そんなある日、主人が急死し、使用人としても家人としても記録になかったチャンスは、屋敷を出なければならなくなる。チャンスが最後にたどり着いた場所とは?

 シリアスでカッコいい役を演りたいのに、大当たりした『ピンク・パンサー』のクルーゾーみたいな役ばっかりタイプキャストしてくる製作サイド。そんな状況に腹を立てた俳優ピーター・セラーズが、「君達が見てるのは、君たちが見たいと思っている僕だ。それは本当の僕じゃない。」って事を言いたいがために、脚本を依頼して映画化に。てっきりそんな経緯を思い描いていたので、原作が先にあった事には驚いた。

 庭が世界の全てだったチャンスは、植物の事には詳しいが、本当の世界の事-経済理論も外交術も知らない。だから、何か聞かれても、知っている世界の範囲内でしか話せない。この時だって、そうだ。
庭には成長にふさわしい季節があります。春と夏がありますが、秋と冬もあります。
チャンスはあくまで庭について話しただけなのに、皆は不況にあえぐアメリカ経済界の今後の予測だと解釈する。またパーティで「我々の椅子は」云々とソ連の外交官に話すと、米国の対ソ外交政策の話と解釈される。もしチャンスが、誰の後ろ立てもなく、みすぼらしい姿で同じ事を言ったら、おそらくこうはならない。いや、そもそもインタビューされる機会なぞ、ない。仕立ての良い主人のスーツ、容姿端麗、おまけに政財界の大物夫妻が揃って彼にゾッコンという背景と外見が、チャンスを見る人々に、「謎の大物」という色眼鏡をかけさせた。

 この話は、チャンス、周囲の人、どちらに焦点を置くかで、感じ方が異なる。チャンス以外の人にスポットを当ててみると、ちょっぴり皮肉な風刺劇だ。チャンスを崇め奉る人々は、自分が考えている事や言って欲しいと思っている事を、ありのままのチャンスの言葉に、当てはめているに過ぎないからだ。戸籍がなく、過去が不明なのも本当の事なのに、「わざと隠した」と思い込む外国の要人達は、さしずめスパイごっこがお好きと言えようか。人間ほど、馬車馬のように、生まれてから死ぬまで、「変われ、先へ行け」と中から、外からせっつかれる生き物はない。皆何者かになりたくて、日々努力している現代において、チャンスだけは「ありのまま(=Being There)」でいる事が無条件で許される。いや、むしろ賞賛される。社会的責任に雁字搦めになり、常に変化を求められる人々にとっては、チャンスはまさに理想の人物だ。

 単純なものを、わざと複雑に考えて、侃々諤々の人々。その脇をすり抜けて、最もシンプルなチャンスが、誰一人届かぬ場所へ行く。そんな奇跡があるんだろうかと、ふと思ったが、著者の経歴を見て驚く。なぁるほど、事実は小説よりも奇なりだったか。
    • 映画『チャンス』のポスター
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2308 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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この書評へのコメント

  1. hacker2018-08-04 09:31

    この作品、今となってはトランプの出現を預言していたような意味もあると感じています。特に、主人公がTVばかり見ている点と、難しい単語は使わない(=貧しい語彙)点にそれを感じます。もちろん、中身は全然違いますけれど...。

  2. 星落秋風五丈原2018-08-04 20:02

    hackerさん、こんばんは。コメントありがとうございます。まあ、もしチャンスが皆の予想する座に就いてしまうと権力のトップがいわば空洞状態になるのですが、トランプの場合はみっしりと中身が入っている気がします。

  3. No Image

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