書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

Wings to fly
レビュアー:
禁書の時代の「本」にまつわる物語。必死で心に翼を生やそうとする少年少女の、なんと瑞々しいことか。
今から50年程前、文化大革命の頃の中国では、とにかく「知」が敵視された。官僚や芸術家、学者や医者など知識人は毛沢東に弾圧され、知識階級の子弟たちは「再教育」と称して肉体労働従事のため地方の農村へ送られた。国全体で教育は機能を停止、外国文学の本など持っていることが知られたら連行されて人生終わりだ。本書はそんな時代の青春を、明るく瑞々しく描いた小説である。

主人公のふたりは医者の息子で、年頃は日本の高校生ぐらい。親は投獄され、自分たちは山深い奥地へ送り込まれた。村人たちはバイオリンが何だか知らないし、映画を見たことも無い。都会へ帰れる見通しはつかず、もしかしたらきつい農作業に追われたまま、ここで一生を終えるかもしれない。そんな境遇の中で彼らは本を渇望する。ここではない他の場所へ飛んでゆくために。

主人公たちの悲惨な状況にかかわらず、話は朗らかに語られてゆく。近辺で一番の美少女は仕立屋の娘のお針子だ。長いお下げ髪の娘がミシンを踏むのをうっとり眺め、話しかけられたら有頂天。なんとこのド田舎で、向上心を持った女の子に出会うとは!よし、彼女を品性と教養あるレディに育てあげてみせよう。それには文学だよ、読み聞かせだよ。彼らは隣村に送り込まれた友人が隠し持っていた西洋文学の本を盗み出す。

文化と隔絶された村の生活(現役の魔女がいる)、少年たちが語る映画ストーリーに涙を流す素朴な村人たち。バルザック、デュマなど、物語が癒す孤独と繋がる心。滝壺で泳ぐしなやかな娘の体と水滴の輝き、深い谷に転がり落ちる石のこだま。チャーミングなお針子には野性的魅力があり、情景描写の映像美と静けさが心地よい。

大人になりきれないピュアな少年たちの恋は、どこかユーモラスだ。男の子の純情さと、女の子のちゃっかりぶりも可愛い。
本は人の心を開放し背中に翼を生やす。中国の小さなお針子の人生だって変えてしまう。軽妙に綴られているけれど、この物語は深い。どんな場所どんな時代であろうとも、誰がどう禁じようと、人の心は縛れないのだ。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

読んで楽しい:6票
素晴らしい洞察:1票
参考になる:22票
共感した:2票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. かもめ通信2014-05-08 06:31

    これ、積んでるのよねえ。。。。。

  2. 携帯は本2014-05-08 06:33

    知識人を忌避したというのはカンボジアのポルポトの先例かも知れませんね。ある本でプノンペン陥落の日に赤色クメール兵士が「札束を焼いている」場面に(貨幣廃止)ゾッとした覚えがあります。(知識人・学生を遠方に追いやることで政権は安定しましたが)。収容所でも工夫、希望を見いだす『イワン・デニーソヴィッチの1日』は私は20世紀の最高の文学と考えています。

  3. miol mor2014-05-08 09:26

    こんにちは。わたしが研究しているうちの2冊の本は、最近まで禁書でした。紙の本には物理的な縛りがかけられますが、暗誦してしまうと、取上げられません。と思って、可能な限り覚えておきたいと常々思っていますw

  4. Wings to fly2014-05-08 13:52

    かもめ通信さん
    私もずいぶん長く積んでいました(笑)急に思い出したので予約本取りに行くついでに借りてきましたが、読んで良かった。この本は長く記憶に残る予感がする。オススメです!

  5. Wings to fly2014-05-08 14:14

    携帯は本さん
    私は文化大革命の実態を『ワイルド・スワン』というノンフィクションで知りました。恐ろしさに身の毛がよだつと共に、表向きの反抗は不可能でも、心の中で自由を求め続ける人々の姿に深い感動を覚えました。スターリンも毛沢東もボルポトも、自分に反抗する者には「粛清」で応えました。知識人に真っ当に批判されたら化けの皮が剥がれるからでしょうね。
    ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィッチの1日』は未読ですが、未来に同じ事が起きないように読むべき本だと思い、リストに入れました。ありがとうございました!

  6. Wings to fly2014-05-08 14:23

    miol morさん
    この本もまだ中国では出版されていないようです。作者はフランス在住の中国人映画監督で、本書は自分の体験をもとに書かれました。いつか献本でいただいた『幸せの残像』もイランで発禁処分、未だにこういう事は多いんですね。
    >暗誦してしまうと、取上げられません。と思って・・・
    はい。私も可能な限り覚えておきたいと常々思ってはいるのです。なのに、最近どうも記憶力が・・・モゴモゴ・・・

  7. michako2014-05-13 12:54

    『ワイルド・スワン』読みました。
    映画では『夜半歌聲』とか『覇王別姫』なんか好きなんですよねぇ。でもこれは見そびれて。
    本はきっと読みます!
    素敵なレビューを読ませて戴き、ありがとうございましたw

  8. Wings to fly2014-05-13 15:07

    michakoさん
    『ワイルド・スワン』は凄い本でしたよねー!
    この作品は軽やかで読みやすいのですが、明るい表皮の下に作者の深い悲しみと怒りがちらちら見えるのです。インパクトがありました。お読み頂けたら嬉しいです。

  9. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『バルザックと小さな中国のお針子』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ