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ぽんきち
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地獄を巡り、煉獄を周り、そして彼が天国で目にするまばゆい光
『チェーザレ』シリーズ、2巻7巻で、「『神曲』、おもしろそう」と思い、完訳版を1冊購入したものの、いきなり取りかかるのはちょっとハードルが高いか、と、ギュスターヴ・ドレの絵を中心に、抄訳がついたこちらをまず読んでみた。
以前読んだ『いま読む ペロー「昔話」』の挿絵にドレの絵も何点か収録されており、もう少し見てみたいと思っていたので、その意味でもちょうどよかった。

『神曲』は古典中の古典である。ルネッサンスの導火線となった作品ともいえる。
深い森の中を迷い歩くダンテが、天界にいるかつての恋人ベアトリーチェの計らいにより、詩聖ヴェルギリウスを導き手として、地獄・煉獄・天国を巡り、その様を語る形式である。
構築される世界は、キリスト教をベースに、ギリシャ神話も取り込み、そしてまた、当時のイタリアの人々の耳目を騒がせた事件を盛り込む、ダイナミックなめくるめく舞台である。歴史上の人物に加え、ダンテの友人、政敵も登場し、思わぬ罰を受けたり、ダンテに胸の内を明かしたりする。神聖でありつつも三面記事的な匂いも漂う。
冥界のあれこれに目を奪われ、戸惑うダンテを、ヴェルギリウスは時に優しく、時に厳しく導く。
その縦横無尽な筆には息をのむ。
地獄は下へ下へと続く。罪の軽いものから罪の重いものへ。降りれば降りるほど罰は過酷になっていく。
地獄と煉獄の間では重力が反転する。ダンテとヴェルギリウスは驚くべき方策でこの境界を越える。煉獄にいる人々は地獄の人々ほど罪深くはないが、悪しき性情や習慣といった浄めねばならぬ罪がある。これを償うには長い長い時間、試練に耐え、煉獄の山を登らなければならない。
その先にあるのが天国だ。もちろん、煉獄からもすべての人がたどり着けるわけではない、至高の場所である。

ドレはダンテから500年ほど後、アルザスに生を受ける。ミケランジェロの再来とも言われた卓抜した才能の持ち主である。
本書に収録されたドレの描く絵は、端正で細密である。木口木版と呼ばれる、木質の硬い木の木口を版面に用いた版画である。1861年に発表された「ドレの神曲・地獄篇」は、破格の大きさや価格の高さから、版元が見つからず自費出版を余儀なくされたという。だがこれが大きな評判を呼び、ドレはこの後、古典シリーズをどんどん発表していく。
いずれもすばらしい絵だが、東洋人である自分は、死者たちの隆々たる肉体に幾分の違和感を覚える。ルネッサンス的ともいえる重量感あふれる均整のとれた体は、目に圧倒的だが、地獄の死者の惨めさをやや削いでいるようにも見える。このあたり、肉体が朽ちることに対しての感覚がそもそも違うのかもしれないとも思う。
一方で、悪魔の造形や天界の輝かしさは、想像の世界を描き尽くすようで、絵を見る喜びを感じさせる。

概要ではあるが、ストーリーを追っていくと、ダンテこそがこの物語を一番楽しんだ読み手であっただろうと思えてくる。
自ら、政敵に陥れられ、深い森の中に迷うような境遇にありつつ、生身は現世にある一方で、心は陰惨な地獄をつぶさに眺め、幾たびの苦難の果てに、輝く天界へと向かう。その先には、永遠の恋人が待っているという確信とともに。

これはある意味、「行きて還りし物語」のはずである。生者が行くはずのない冥界の有様を現世に戻ってきたはずのダンテが語っているのだから。
冒頭部は、さまようダンテの前に、あこがれの詩聖が現れるシーンで始まる。しかし、フィナーレは天界の至福のうちに終わる。ダンテがいかにして戻ったか、そしていかにしてこの物語を綴ったか、それは本題ではないことなのだ。
苦労の果てに天界にたどり着いたダンテの見る光の、なんと輝かしく、なんとまばゆいことか。

ダンテが『神曲』を書き終えたのは晩年だという。
彼の魂は、真にベアトリーチェの元に迎え入れられただろうか。
彼は幸福のうちに息を引き取っただろうか。
彼が真に天に召されたとき、まばゆい光は脳裏に満ちただろうか。


*ドレが描く圧倒的な数の(無限を思わせる)亡者や天使の集団は、『芸術の蒐集』を思い出させます。

*ドレは古典を自らのイラストで飾るという強い意欲があり、他にも「聖書」「失楽園」「ドン・キホーテ」「ラ・フォンテーヌ童話」などの絵を描いています。当サイトでも最近、efさんが『ドレの旧約聖書』『ドレの新約聖書』を紹介されていましたね。

*西洋でも東洋でも、地獄とは下へ下へ潜っていくものなのですねぇ。(cf:『地獄絵を旅する: 残酷・餓鬼・病・死体』)。地獄の描写など、『往生要集』などと読み比べたりしてもおもしろいのかな・・・? ちょっとおいそれと読めるかわかりませんが。

*いずれにしても、本書は本書で解説も含め勉強になったのですが、そのうち完訳版に挑戦したいと思いますf(^^;)。さて、無事に旅を終えられるか、もしも終えた暁には、またレビューを書きたいと思います。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1832 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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この書評へのコメント

  1. 有坂汀2014-12-02 21:05

    恥ずかしながら、現在『煉獄篇』で止まっております…。

  2. ぽんきち2014-12-02 21:19

    有坂さんが読んでいらっしゃるのはこちら↓の版でしたね。
    私が積んでいる完訳版はまた別の訳者さんのものなのですが、追々続きたいと思います~。

  3. ふらりん2015-10-03 12:36

    素敵な絵が描かれた表紙(装丁)ですね!
    神秘的に見えます。

  4. ぽんきち2015-10-03 13:07

    ふらりんさん

    力の入った絵が満載で見応えがありました(^^)。
    光と影の描写に圧倒されます。

    *そうだ、本編を読むんだったっけ(^^:)。思い出させてくださってありがとうございます~。

  5. 小太郎2015-10-03 13:52

    そういえばこの本、随分前に書店で衝動買いをしたことを思い出しました。

  6. ぽんきち2015-10-03 14:28

    小太郎さん

    私は図書館で借りたのですが、確かに書店でも目を引きそうです。
    表紙もインパクトありますしねぇ。

  7. No Image

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