書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

そうきゅうどう
レビュアー:
誤解を怖れずに言うなら、この『ウィトゲンシュタイン入門』は、ウィトゲンシュタインの哲学ではなく「永井均が見たウィトゲンシュタインの哲学」を述べた本だ。だが、そこがいい。
永井均の『ウィトゲンシュタイン入門』は1995年1月頃、ちくま新書から出てすぐに買って読んだ。ウィトゲンシュタインにもその哲学にも無縁で無知だった私がなぜこれを読むことにしたのかもう忘れてしまい、本も手放してしまったが、いつかまた読み直したいとずっと思っていた。

本書はタイトルの通り、ウィトゲンシュタインの哲学を概観する入門書である。が、著者である永井均は哲学者ではあるものの、ウィトゲンシュタインの研究者ではない。そんな永井がなぜ『ウィトゲンシュタイン入門』を書くことになったのかというと、永井はウィトゲンシュタインの中に初めて自分と同じ問題意識を見たからだ。それが独我論の問題である(永井は哲学の中の独我論の専門家)。
独我論とは、文字どおり「私だけが存在する」という主張だが、「私だけが存在する」という主張の真意は、もし私が存在しないとすれば、ある意味でそれは、何も存在しないとのと同じである、という点にある。(中略)
だが、問題はその先にある。独我論をめぐってはさまざまな議論がなされてきたが、ウィトゲンシュタイン以前と以後とでは、問題の問題性そのものが一変してしまった。以前には「私に見えるもの」や「私の意識」の外にあるものが存在すると言えるかどうかが、独我論をめぐる最大の問題であった。そして、そうしたものが存在すると言えれば、独我論は否定されるものと考えられていた。今ではそうではない。そんなことが言えても独我論が否定されはしない。問題の焦点は、独我論を語ることのできる「私」とはいったい誰なのか、という点にある。
そして永井はウィトゲンシュタインの『青色本』からの引用をもって、こう述べる。
私は私の独我論を「に見えるもの(あるいは今見えるもの)だけが真に見えるものである」と言うことで表現することができる。(中略)しかし注意せよ。ここで本質的な点は、私がそれを語る相手は、誰も私の言うことを理解できないのでなければならない、ということである。他人は「が本当に言わんとすること」を理解できてはならない、という点が本質的なのである。
(『青本』117頁)
私が何より感動したのは『他人は「が本当に言わんとすること』を理解できてはならない、という点が本質的なのである」という最後の一文である。私の解するところでは、ウィトゲンシュタインの哲学活動のほとんどすべてが、陰に陽に、この洞察に支えられて成り立っている。むしろ、彼はこの洞察から哲学を開始したとさえ言えるのではないだろうか。
だから、この『ウィトゲンシュタイン入門』も独我論を基盤として書かれている。一般にウィトゲンシュタインの哲学は、言語哲学という中に組み込まれたものとして解釈され、理解されているので、この立場は非常に異端的と言える。ゆえに誤解を怖れずに言うなら、この『ウィトゲンシュタイン入門』は、ウィトゲンシュタインの哲学ではなく「永井均が見たウィトゲンシュタインの哲学」を述べた本、なのだ。だが、そこがいい。

そういうことで、本書はウィトゲンシュタインの哲学をスタンダードな立場から学ぶには不適切である。が、そこに必要以上にこだわらなければ、非常に刺激的な読書体験ができるだろう。

以上で本書のレビューは終わりだが、蛇足として個人的なことを(以下は本書のレビューではないので、適当に無視してもらってかまわない)。

あなたは上に引用した箇所を読んでウィトゲンシュタインや永井の言わんとしていることが理解できただろうか? 正直、私にはサッパリである。私は永井のように「無数にいる人間といわれる生き物の中に、自分という特別のあり方をしているやつが一人だけいて、こいつ(両親によって永井均と名づけられた一人の少年)がそれである」といったことに悩むことはなかった。そういう意味では、私は永井と問題意識を共有していない(ウィトゲンシュタインの言葉を借りれば「別の世界に住んでいる」)。だから本書を読んでも、全く分からない箇所が山のようにある。

では、なぜ私がわざわざ読んでも分からないような本を読むのか? その問いの答えが、本書を改めて読んで分かった。数学理論も哲学説も、それを理解し、己のものとするためには、その過程で自分自身を変容させなければならない。私は自己を変容させたい。そして、その果てに何があるのかを見たい。私が本(数学書、哲学書)を読む理由はそれだったのだ。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
そうきゅうどう
そうきゅうどう さん本が好き!1級(書評数:594 件)

「ブクレコ」からの漂流者。「ブクレコ」ではMasahiroTakazawaという名でレビューを書いていた。今後は新しい本を次々に読む、というより、過去に読んだ本の再読、精読にシフトしていきたいと思っている。
職業はキネシオロジー、クラニオ、鍼灸などを行う治療家で、そちらのHPは→https://sokyudo.sakura.ne.jp

読んで楽しい:2票
参考になる:25票
共感した:1票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『ウィトゲンシュタイン入門』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ