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かもめ通信
レビュアー:
光文社の古典新訳って、てっきり既に他に邦訳があるものを「新訳」で……という企画なのかと思っていたのだけれど、そうではなかったのね。この作品、本邦初邦訳なんですって!
キプリングと聞けば『ジャングルブック』を思い浮かべる人も多いはず。
もっとも私の場合、恥ずかしながらその『ジャングルブック』すらまともに読んだことがないのだけれど…。

そんな私がどうしてこの本を読もうと思ったかといえば、ただいま掲示板にて開催中の祝☆創刊10周年!本が好き!光文社古典新訳文庫祭!!に書き下ろしレビューで参加するため、積読山から引っ張り出してきたということではあるのだけれど、それ以前に、どうしてこの本を積んでいたかと言えば、やっぱり、翻訳者が金原瑞人さんと三辺律子さんというYA小説翻訳の第一線で活躍する翻訳家コンビが手がけた翻訳だと聞いたから。
しかもこれ、てっきり旧訳があるのかと思いきや、本邦初邦訳だという贅沢な1冊!

もっとも読んでみれば、なるほど、今まで日本で紹介されてこなかった理由は巻末の訳者解説を待つまでもなく、なんとなくわからないでもない。

この物語はキプリングが自分の子どもたちに語って聞かせる形で紡がれたということもあって、英語圏では児童文学に分類されている。
だが、書かれている内容がイギリスの常識を前提に書かれているがために、基になっている史実や登場人物の名前や地名など、日本の子どもたちには馴染みがないに違いないものも多く、読んで楽しむにはハードルが高そうなのだ。
とはいえある程度歴史をしり、また知らなくても興味がわけばそれを調べることの出来る年代を読者対象にすれば、十二分に楽しませることが出来る物語でもある。


ダンとユーナという兄妹は夏至の日前日、牧草地の一角で『夏の夜の夢』を演じる。
その二人舞台が、妖精パックを呼び出してしまう。
なぜって、二人が芝居に興じた場所こそがそこは「プークが丘」、つまり「パックの丘」だったから!
喜んだパックは二人に次々とその土地に深い関わりを持つ“旧知の人物たち”を紹介し、彼らに自分たちの体験を語らせるのだった。
北欧の神ウィーランドと彼が鍛えた剣の話にはじまって、リチャード卿の語るノルマンディー公ウィリアムがイングランド王となった時代の話、ウィリアム2世亡き後の王位を巡るヘンリーとロベールの争い、ローマン・ブリテン時代にハドリアヌスの城壁で外敵からの防衛にあたった百人隊長の話、聖バルナバ教会を建て直した建築家ハルの話、宗教改革の後のイングランドからフェアリーたちの脱出劇、ユダヤ人カドミエルの語る大憲章にジョン王が調印した本当の理由等々、伝承や史実を巧みに盛り込んだ物語が子どもたちの暮らす現代へと繋がっていく。


物語を読むうちにシェークスピアの作品へ思いをはせてしまうのはもちろんのこと、ごく自然にイギリスのオックスフォードシャー州にあるウェーランドの鍛冶場(Wayland's Smithy)という墳丘やそこにまつわる伝説を知り、ノルマン人とサクソン人の争いの歴史に思いをはせ、現在のイギリス王室の基になる系譜を学び、宗教問題についてまで考えさせられてしまうのだ。

と同時にこういう話を読むと、あの決して大きいとはいえないグレートブリテン島の歴史もまた、大陸の歴史と同様に侵略と略奪の繰り返しで、ブリトン人やピクト人、ローマ人やサクソン人やノルマン人といった他民族の争いの上に築かれてきたものなのだということを改めて思い知らされる。
妖精パックの楽しい物語を読みながら、人間の業みたいなものについても思わず考えさせられてしまった。
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かもめ通信
かもめ通信 さん本が好き!免許皆伝(書評数:2236 件)

本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。

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