書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

ぽんきち
レビュアー:
あなたの場所。わたしの場所。もう戻れないあの場所。
アニー・エルノーは2022年のノーベル文学賞受賞者。授賞理由は「個人的な記憶のルーツや疎外感、集団的抑圧を明らかにする勇気と鋭さ」とされている。
エルノーはオートフィクション作家と呼ばれる。オート(自己)フィクション(作り話)とは矛盾しているようであるが、自己を投影させつつ、虚構を通して自身の経験をより象徴的な形で語る形式と捉えればよかろうか。

若干身構えつつ読み始めたが、驚くほど平易で、奇をてらうところもない。
教員免状を取り、”ブルジョア階級”に属すようになった「私」。小さな町でカフェ兼食料品店を営む両親。その間に一本の線を引いてゆくような作品である。
「私」が試験を終えてまもなく、父は亡くなる。葬式を終え、「私」は父を主人公にした小説を書こうとするが、劇的なこともないその人生は小説にはそぐわない。それで「私」は、父の人生を淡々と綴ることにする。
そっけないほど技巧を伴わず、近況を告げるかのように。
内容もさることながら、父の人生をそのような距離感で描くということそのものが、「創作的」だったと言えるのかもしれない。

父の父は農夫で文盲だった。父は農夫や工員を経て、自身の店を持つに至る。
取捨選択も哀歓もあり、ようやく手に入れた店は父にも母にも大切なもので、母は父の葬儀の日以外は店を開け続けた。
その父と母との間に生まれた「私」は、成績優秀で、自身の力で人生を切り開いていくことになる。両親が勝ち得た店につなぎとめられることもなく、知識階級へと上がっていくのだ。
両親はそれを喜びつつも、自分たちがいる場所を、娘は捨てて去ったのだということも知っている。
そして「私」は、今や、両親を見下していた人々が属している階級になったことを、ある種の痛みを伴って自覚している。とはいえ、両親がいた場所に戻りはしないし、また戻ることもできないのだ。

扉には、ジャン・ジュネの
「あえて説明してみようか。書くのは、裏切ってしまったときの最後の手段なのさ」
というひとことが掲げられている。

個人的な物語の体裁でありながら、多くの読者を得たということが、本作の普遍性を示していると言えるだろう。
時間をおいて読むとまた別の感慨が生じそうな作品である。
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

読んで楽しい:1票
参考になる:33票
共感した:1票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『場所』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ