書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

献本書評
ノッポのギタリスト
レビュアー:
この作品は間違いなく問題作である。リアルすぎる表現、限りなく不愉快、筆者との我慢比べであるが、最後まで読めば心に響くものがある。
この物語の主人公・北原十和子は三十三歳、十五歳年上の佐野陣治ともう六年間一緒に暮らしている。別れてから八年以上も経つというのに、恋人であった黒崎俊一のことが忘れられない。黒崎への執着も、黒崎を失ったことの悲嘆も、十和子の芯を蝕んでいた。
佐野陣治は、T建設という一部上場の企業に勤めていたが、六年前に辞めて転々とした後、今はA工務店という建売住宅を造る小さな工務店に勤めている。


六等身の小男で、日に何度も執拗に電話をかけてくる、ヘビースモーカー独特の強い口臭、痰がからんだ咳、べちゃべちゃとものを食べる音、便器を汚さずに小便もできない、水虫でめくれた足の皮をちびちび剝き、挙げ句には自分の唾を飲み込むのさえしくじって苦しげに噎せている。


あの男が嫌いだ。何ひとつ与えてくれない。与えるふりをして十和子の何かを掠め取っていく。陣治が嫌い。死ぬほど嫌い。それなのにどうして陣治のことを考えてしまうのか。
「早よ行け!この家から出て行け!あんたがいてたら空気腐る」
住んでいるマンションも陣治が頭金を払い、ローンを背負ったものなのに…。これでは、陣治がかわいそうだ。
不快感を抱きながら、特に前半は読んでいるのが辛かった。十和子の陣治に対する罵倒、拒絶が凄まじく描かれている。十和子は働きもしないで、毎日DVDを観たりして、ゴロゴロと過ごす。洗濯も溜めっぱなしだし、料理もしない。陣治が汗水たらして働いた金で生活している、まるでおんぶにだっこだ。


十和子は腕時計をデパートに修理に出したのだが、その時計メーカーが倒産したため、部品入手ができず、修理が不可能になった。その苦情処理のため、文具売場のセールスリーダー・水島真が十和子のマンションを訪れる。黒崎への幻影を抱き続けながらも、十和子は水島真と関係を持ち、密会を続ける。そんな十和子の変化に気付いた陣治はふたりを尾行したり、水島に嫌がらせをしたりする。


ある日、刑事が訪ねて来て、黒崎が三年前から行方不明になったと知った十和子は、ある出来事から陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始める。


十和子が、陣治を疎み続ける様子は、思春期の少女が父親に対して「オヤジ臭い、きもい」などと抱く感情に似ている。物語の前半は、そうした十和子と陣治の、明らかに歪んだ関係が語られる。十和子の目線を通して語られる、陣治に対する負の感情表現が凄まじい。生活の様子を隅々まで観察し、細かに描き続ける沼田まほかるさんの表現力・文筆力が素晴らしいとも言える。
前半をガマンして読めば、感動のエンディングが待っている、ということを期待しながら読み続ける。
これは間違いなく問題作である。万人のお勧めできるものではない。限りなく不愉快でも最高傑作である。そこまで不快感に陥ったなら読者はすでに、「沼田マジック」にかかったのかもしれない。救いようのないドラマのようだが、出口は必ずあるはずである。読み始めたら覚悟して最後まで読んでほしい。感動そして本を置いたときに、何とも言えない開放感を味わえる。逆説的に考えれば、これがひとつの愛のかたちなのかもしれない。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
ノッポのギタリスト
ノッポのギタリスト さん本が好き!1級(書評数:148 件)

推理小説が大好きです。エレキギターとドラムを演奏します。

読んで楽しい:1票
素晴らしい洞察:4票
参考になる:31票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『彼女がその名を知らない鳥たち』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ