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ときのき
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ボルヘスの末裔から、探偵小説のふるさとへの挨拶
 オックスフォード大学へ奨学生として留学した“私”は、数学者のセルダム教授とともに、下宿先の主イーグルトン夫人の死体を発見する。教授は殺人を予告するメモを受け取っていた。彼はそこに記された謎の記号を論理数列の第一項であるというのだが。これを皮切りに、連続して不可解な記号を伴う死が発生し、私とセルダム教授は事件と関わることになる。

 アルゼンチンの作家が書いた長編探偵小説だ。
 名探偵役の世界的数学者とワトスン役の事件記述者が連続殺人の謎を追う、という骨格はまごうことなき謎解き探偵小説だが、随所に挿入された不可思議なエピソードが物事の固定された意味を揺らし、論理の言葉が事件に当てる虫眼鏡はかえって風景を曖昧な確率の世界へと解体してしまう。
 日本の新本格ミステリのある種の作品と問題意識としては近いところにあるように思われる。

 イタリアのディーノ・ブッツアーティには「七階」という有名な短編がある。(これは事実)この短編はブッツアーティ自身のイギリスでの経験を基に創作されたものであり、そこには過去のセルダム教授が関わっていた、と作中で語られる。現実の背景に密かに虚構が紛れ込まされる。
 種の知れない魔術師の大興行、かつて行われたクラフォード夫人の超能力実験と不可解な殺人、しれっと登場する架空の生き物アングスタム、ハイゼンベルクの不確定性原理とゲーデルの不完全性定理(日本の新本格系のミステリが好きな人にはお馴染み)……

 事実とも虚構ともつかない奇妙な挿話の数々により勢い事件は幻想的な色彩を帯び、遂に明かされる犯罪の構造は言及されるチェスタトンのように極度に観念的だ。解説でも触れられているが、何よりまずはボルヘスの短編『死とコンパス』を連想させられる。ラース・フォン・トリアー監督の『エレメント・オブ・クライム』があの作品を長尺で変奏して見せたように、本作もボルヘスからの強い影響をうかがわせる。

 扶桑社のミステリレーベルから翻訳出版されているのを見てもわかる通り、本作はいわゆるアンチミステリではない。謎めいた発端から驚きの結末までしっかりと探偵小説としての満足を与えてくれるが、それに収まりきらない余剰がある。アルゼンチンの作家が、かつて探偵小説黄金時代をもたらした外国イギリスを舞台にして作り上げたファンタジーとしてのミステリ。
 企みのある、だがとても楽しい作品だ。
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ときのき
ときのき さん本が好き!1級(書評数:137 件)

海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。

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