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hackerさん
hacker
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映画ファンにとっては忘れられない溝口健二の傑作『雨月物語』(1953年)は、上田秋成の『浅茅が宿』と『蛇性の淫』を題材としたものです。
vandaさんの書評で、本書のことを知りました。感謝いたします。

先日読んだ岡田鯱彦著の扶桑文庫版『薫大将と匂の宮』には、表題作の他、雨月物語に材をとった短編が5作収録されていて、その関連で本書を手に取りました。『雨月物語』『春雨物語』を最初に読んだのは、高校生の時だったと思います。本書同様、現代語訳で、どなたの手になったものかは覚えていませんが、特に『雨月物語』の印象が強烈でした。本書には、三島由紀夫の『解説 雨月物語について』が収録されていますが、そこでは、上田秋成(1734-1809)の人生について「五歳の時悪性の痘瘡によって左手を不具にされ、六歳の時養母に死別して継母の手に育てられ、晩年は眼病のために失明し、妻に先立たれ、世間からは狂人と呼ばれ、七十六歳で窮死したこの不幸な文人は、国学者としては本居一派のオルソドックスに徹底的に反抗し、おのれの学殖にふさわしい名誉をも得なかった」と書かれています。要するに、世間一般の感覚では、順調とは言い難い人生だったようですが、それと作品との係わりについては、後述しますが、三島由紀夫は作家らしい考察をしています。また、石川淳の現代語訳は、原典の雰囲気を壊さないようにしているリスペクトあふれる姿勢が、私のような古文音痴にも感じられるものでした。

さて、本書に収められている作品は、以下の通りです。

●『新釈雨月物語』
・『白峯』
・『菊花の約』
・『浅茅が宿』
・『夢応の鯉魚』
・『仏法僧』
・『吉備津の釜』
・『蛇性の淫』
・『青頭巾』
・『貧福論』
●『新釈春雨物語』
・『血かたびら』
・『天津処女』
・『海賊』
・『目ひとつの神』
・『樊噲(上下篇)』

題材は、上田秋成のオリジナルというわけではなく、中国や日本の古典からのもののようです。私は怪奇小説、特に怖い話が好きなので、この中からベストを選ぶなら、間違いなく『吉備津の釜』になります。結婚の吉凶を占う吉備津の釜が凶と予言した通りになる夫婦の話で、夫に裏切られた妻が死後に怨霊となるのですが、夫が最後にどうなったのか語られていない不気味さと怖さは、初読の時と変わりありませんでした。その次は『青頭巾』で、僧侶の美少年への愛欲、そして美少年の死後に腐肉を食べて鬼になるという、現代ホラーで扱われるような題材の凄まじさが印象的です。その他にも『白峯』に登場する崇徳上皇の亡霊や『仏法僧』に登場する関白秀次の怨霊の不気味さ、死んだ妻と交わる『浅茅が宿』や、女の姿をした蛇に憑りつかれる『蛇性の淫』のように、中国古典にはよく登場する人間以外のものと交わる話も忘れがたい印象を残します。人間の恐怖感の源は、数百年前から変わっていないのだということを認識します。

これでお分かりのように、私は『雨月物語』の方が好きなのですが、『春雨物語』の方から選ぶなら、金のためなら親兄弟も平気で殺す主人公はを描いた『樊噲』になります。作中で主人公は「樊噲」と自称するのですが、この名前は項羽と劉邦の一連の戦いの中でも有名な鴻門の会において劉邦の窮地を救ったことで知られる、元々は犬の屠殺業をしていた武将のものです。なお、三島由紀夫は、少年時代は『雨月物語』に夢中だったことを述べた後で『春雨物語』については、次のように語っています。

「わたしはのちにむしろ雨月以降の『春雨物語』を愛するようになったが、そこには秋成の、堪えぬいたあとの凝視のような空洞が不気味に、しかし森厳に定着されているのである。こんな絶望の産物を、私は世界文学にもざらには見ない」

『春雨物語』に「絶望の産物」を見るのは、同じ創造者だからでしょうか。私は、相変わらず『雨月物語』の方が好きです。
    • 映画『雨月物語』での、ワン・カットだけある京マチ子の不気味な笑顔
    • 同映画における森雅之と京マチ子
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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