ことなみさん
レビュアー:
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釣りで生きてきたサンチャゴも年を取っていた。84日も不漁が続いている。85日目彼は思い切って舟を出した。ヘミングウェイ流のハードボイルドな生き方。
「キリマンジャロの雪」がヘミングウェイの死に方なら、これは生き方の一つだろう。
その他多くの短編はリアリスティックな修作もしくは読者にとっては時を選ばせない秀作。あるいは彼の人生のかけらのレポート。
長編は彼の片割れで人生の謳歌のようだ。
私は「キリマンジャロの雪」が男のストイックな遺言書に思え、この「老人と海」がそこに至るまでの心意気のようなものに思える、再読だが今回はずいぶん身近に感じて感動した。
着いて行きたがる少年を置いて一人で漁に出る。少年は生きるために漁に出よ。私は運にかける。待ち受ける獲物がいる、衰えた体、孤独、それらを連れて自分の進む道は自分で選ぶ。
彼はナルシストであり、好奇心と勇気は常に彼とともにあって、後になり先になりして生きてきた。
それが今までの生き方のスタイルで、自信たっぷりだった。
老いてきたことを意識しながら小舟で港を離れる。海があるから、まだ舟をこぐ力もあるから。
これまで一緒だった少年マノーリンはもう家族のために働かなくてはならない。だから道づれにはしない。それが彼の持ち続けてきた自意識、自負心だ。
波に乗って進んでいくと渡り鳥が羽根を休めに来る。彼は話しかける
「たっぷり休んでいきな」「そして陸のほうへ飛んでいきな、あとは万事あなた任せにするんだ。人間だって鳥だって魚だって、みんなおなじことさ」
老人はいったいいつごろからこんなに大声でひとりごとを言うようになったか思い出せない。あの少年が彼から去り独りになってしまったからだろう。
海にも空にも、舟の動きも、海に下した釣り糸にも、それに繋がっている綱にも声をかける。
独り言ではない自分との会話だ。
かかったのは、でかいやつだ。ゆっくり進んでいく、綱を繰り出して動きを探る。泳がしておくんだ。曳かれていくんだ。永久に引っぱっていくことはできないだろう。
魚は急に深く潜る。綱を繰り出し、手からは血が流れるが、しっかりともちこたえる。
「お前もそろそろわかり始めて来たな」「畜生 こっちもそうだ」
綱が勢いゆく滑っていく。魚が音を立てて海上に跳ね上がった。
かれは舳先に引きずり倒されたままがんばっている。
おたがい、こうなるのを待っていたんだ、かれは思う。さあ、いこう。
海が裂ける音とはねた魚が落ちた時の鋭い水音が聞こえてくるだけ。
ついに魚は上がってきた。大きな輪をかいて船の周りを回る。悠々と回っている。輪が小さくなりもっと上に上がってきた。
舟の下を通る影がとても信じられないほど長くかかった。「いいや」「そんなに大きいはずはない」
だが魚は大きかった。水面すれすれで初めて相手の眼をまともに見ることができた。
「落ちつけ、元気を出すんだ、爺さん」頭なんか狙うんじゃねえぞ。心臓をぐさりとやっつけるんだ。
ぐらりと横腹を見せたがすぐに立ち直った。
今まで頑張ってくれたのだからな、今度こそひっくり返してやるぞ。
「おれの頭よしゃんとしろ」「しゃんとするんだ」
「おれはおいぼれ爺さ、だが、この兄弟分の魚をやっつけたんだぞ。さあ、これからは下司のしごとにとりかかるか」魚を舷側に横付けした。
空高く巻雲その上に積雲が見える。風は落ちず、順調に航海を続けた。一時間後までは。
鮫の影が見えた。長いモリは使ってしまった。しかし頭はしっかり冴えているまだ力も残っている。
決意はあるが希望は残っていなかった。いいことは長続きしないもんだ。
鮫の頭めがけて銛をうちこんだ。鮫は体を一転させて沈んでいった。
彼は諦めない、齧られた40ポンド分軽くなったわけさ、舟を走らせる。
二時間はたっただろうか、さらに獰猛な鮫が二匹襲ってきた。長い銛はない。ナイフで一匹の眼の間を刺した。
もう一匹は頭を突き刺した。
随分盗まれたがその分また舟足が速くなったというもんさ。
また鮫が来たら。オールと棍棒がある。
二匹には勝った、だが舟を走らせながら思う。ナイフも銛もない、夜に襲われたら
「闘ったらいいじゃないか」「死ぬまで闘ってやる」
獲物はもうほとんど食われて残ってない。
体は硬直し背中は痛む。
だが真夜中に今度は群れで襲って来た。体を翻して襲うたびに水の中できらきらと光った。頭を襲った鮫は食いちぎることができないでいた、そこを舵で殴った、折れた先で突いた。最後の鮫が離れて傾いた。それが最後だった。
ふりかえると、魚の大きな尾が港の街灯の光を反射して、小舟の艫の後方にぴんと跳ね上がっているのが見えた、それから、露出した背骨の白い線と、尖ったくちばしをもった頭部の黒いかたまり。そのあいだにはなにもない。
マストを担いで小屋に入る。甘いミルクをもって少年が待っていた。再び小屋を覗いた時老人はぐっすり寝込んでいた。
その他多くの短編はリアリスティックな修作もしくは読者にとっては時を選ばせない秀作。あるいは彼の人生のかけらのレポート。
長編は彼の片割れで人生の謳歌のようだ。
私は「キリマンジャロの雪」が男のストイックな遺言書に思え、この「老人と海」がそこに至るまでの心意気のようなものに思える、再読だが今回はずいぶん身近に感じて感動した。
着いて行きたがる少年を置いて一人で漁に出る。少年は生きるために漁に出よ。私は運にかける。待ち受ける獲物がいる、衰えた体、孤独、それらを連れて自分の進む道は自分で選ぶ。
彼はナルシストであり、好奇心と勇気は常に彼とともにあって、後になり先になりして生きてきた。
それが今までの生き方のスタイルで、自信たっぷりだった。
老いてきたことを意識しながら小舟で港を離れる。海があるから、まだ舟をこぐ力もあるから。
これまで一緒だった少年マノーリンはもう家族のために働かなくてはならない。だから道づれにはしない。それが彼の持ち続けてきた自意識、自負心だ。
波に乗って進んでいくと渡り鳥が羽根を休めに来る。彼は話しかける
「たっぷり休んでいきな」「そして陸のほうへ飛んでいきな、あとは万事あなた任せにするんだ。人間だって鳥だって魚だって、みんなおなじことさ」
老人はいったいいつごろからこんなに大声でひとりごとを言うようになったか思い出せない。あの少年が彼から去り独りになってしまったからだろう。
海にも空にも、舟の動きも、海に下した釣り糸にも、それに繋がっている綱にも声をかける。
独り言ではない自分との会話だ。
かかったのは、でかいやつだ。ゆっくり進んでいく、綱を繰り出して動きを探る。泳がしておくんだ。曳かれていくんだ。永久に引っぱっていくことはできないだろう。
魚は急に深く潜る。綱を繰り出し、手からは血が流れるが、しっかりともちこたえる。
「お前もそろそろわかり始めて来たな」「畜生 こっちもそうだ」
綱が勢いゆく滑っていく。魚が音を立てて海上に跳ね上がった。
かれは舳先に引きずり倒されたままがんばっている。
おたがい、こうなるのを待っていたんだ、かれは思う。さあ、いこう。
海が裂ける音とはねた魚が落ちた時の鋭い水音が聞こえてくるだけ。
ついに魚は上がってきた。大きな輪をかいて船の周りを回る。悠々と回っている。輪が小さくなりもっと上に上がってきた。
舟の下を通る影がとても信じられないほど長くかかった。「いいや」「そんなに大きいはずはない」
だが魚は大きかった。水面すれすれで初めて相手の眼をまともに見ることができた。
「落ちつけ、元気を出すんだ、爺さん」頭なんか狙うんじゃねえぞ。心臓をぐさりとやっつけるんだ。
ぐらりと横腹を見せたがすぐに立ち直った。
今まで頑張ってくれたのだからな、今度こそひっくり返してやるぞ。
「おれの頭よしゃんとしろ」「しゃんとするんだ」
「おれはおいぼれ爺さ、だが、この兄弟分の魚をやっつけたんだぞ。さあ、これからは下司のしごとにとりかかるか」魚を舷側に横付けした。
空高く巻雲その上に積雲が見える。風は落ちず、順調に航海を続けた。一時間後までは。
鮫の影が見えた。長いモリは使ってしまった。しかし頭はしっかり冴えているまだ力も残っている。
決意はあるが希望は残っていなかった。いいことは長続きしないもんだ。
鮫の頭めがけて銛をうちこんだ。鮫は体を一転させて沈んでいった。
彼は諦めない、齧られた40ポンド分軽くなったわけさ、舟を走らせる。
二時間はたっただろうか、さらに獰猛な鮫が二匹襲ってきた。長い銛はない。ナイフで一匹の眼の間を刺した。
もう一匹は頭を突き刺した。
随分盗まれたがその分また舟足が速くなったというもんさ。
また鮫が来たら。オールと棍棒がある。
二匹には勝った、だが舟を走らせながら思う。ナイフも銛もない、夜に襲われたら
「闘ったらいいじゃないか」「死ぬまで闘ってやる」
獲物はもうほとんど食われて残ってない。
体は硬直し背中は痛む。
だが真夜中に今度は群れで襲って来た。体を翻して襲うたびに水の中できらきらと光った。頭を襲った鮫は食いちぎることができないでいた、そこを舵で殴った、折れた先で突いた。最後の鮫が離れて傾いた。それが最後だった。
ふりかえると、魚の大きな尾が港の街灯の光を反射して、小舟の艫の後方にぴんと跳ね上がっているのが見えた、それから、露出した背骨の白い線と、尖ったくちばしをもった頭部の黒いかたまり。そのあいだにはなにもない。
マストを担いで小屋に入る。甘いミルクをもって少年が待っていた。再び小屋を覗いた時老人はぐっすり寝込んでいた。
とうとう老人は目を覚ました。
「早く癒ってくれないと困るんだ。ぼく、お爺さんに教えてもらうことがたくさんあるんだから。たいへんだったんだろ?」
「うん、とてもな」老人はいった。
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徹夜してでも読みたいという本に出会えるように、網を広げています。
たくさんのいい本に出合えますよう。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:170
- ISBN:9784102100042
- 発売日:2003年05月01日
- 価格:420円
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