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hackerさん
hacker
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原題は "Dubliners"、ジョイスが生まれ故郷ダブリンを引きずっていることが感じられる短篇集です。
本書は、ダブリン生まれのジェイムズ・ジョイス(1882-1941)が、1914年に刊行した、生まれ故郷を舞台とする連作短篇集で、15篇が収められています。ただし、個別作品の執筆時期はかなり早いものもあったようで、本書のジョイス略年譜によると、1905年にはうち12篇を出版社に送るものの拒否されたそうです。これに限らず、出版にこぎつけるまでには、紆余曲折があったようですが、ここでは省略します。本書に収録されている、訳者・結城英雄の『人と作品』によると、ジョイスは本書収録作を四期に分けているそうで「すなわち『少年期』(最初の3篇)、『青春期』(続く4篇)、『成年期』(続く4篇)、『社会生活』(続く3篇)であり、最後に『死者たち』が配置されている」とのことです。例によって、特に印象的なものを紹介します。ただし、収録作は、いずれもストーリーに妙味があるわけでなく、その語り方に妙味があるので、その面白さを伝えるのは難しいことは、ご理解ください。どんな作品でもそうなのですが、読んでもらうのが一番という言葉がよく当てはまるものばかりです。


●『姉妹』(少年期)

「今度は助かる見込みはない。三度目の発作だったから」

「ぼく」の近所に住んでいた神父の死を語る話です。身体の病で倒れる前に、精神の病を持っていたことが、ラストでさり気なく、そして不気味に描かれています。

●『出遭い』(少年期)

誰でも少年期には経験があると思われる、「ぼく」と、少し変な大人との「出遭い」の話です。はっきりとは描いていませんが、どこか性的な匂いのする作品です。

●『イーヴリン』(少年期)

イーヴリンという女性が、「家」を棄てて、ブエノスアイレスに向かう船乗りと駆け落ちするのか、しないのか、彼女の心の動きが簡潔かつ丁寧に描かれた作品です。

●『下宿屋』(青年期)

酒飲みの夫と別居して、下宿屋を切り盛りしているしっかりした女性が、下宿人と自分の娘との「過ち」にケリをつける話です。

●『小さな雲』(青年期)

ダブリンでつつましい生活を送っている男が、ロンドンで新聞記者として成功し一時帰郷した昔の親友と軽く酒を呑んだ後、帰った家での妻との冷たい関係が描かれます。

●『対応』(成年期)

仕事はできず、酒飲みな上、賭けが好きで、家では子供に暴力をふるう男を描いています。どうしようもない男のどうしようもない様を描いた作品です。

●『痛ましい事故』(成年期)

独身の中年男が、生涯で一度だけ愛を打ち明けられたものの拒否した、人妻の「痛ましい事故」死を知る話です。

●『母』(社会生活)

アイルランド語復興運動を推し進める協会が主催する、四日連続の音楽会に娘が歌の伴奏者として演奏することになったものの、初日はガラガラ、二日目は無料招待客ばかり、三日目は公演キャンセル、四日目は悪天候という散々な有様で、娘の母はイライラします。それでも四日目はまともな歌手が揃います。ところが、契約書には「四日の演奏」への対価として演奏料を支払うとなっていたので、三日しか演奏していないのが心配になった娘の母は、演奏前に演奏料が支払われることの確約を取ろうとするのですが...。

●『死者たち』

三人の音楽に係わりのある老嬢主催の毎年恒例のパーティの様子を、そこに参加したゲイブリエルとグレタの夫婦を中心に描きます。帰宅した後で、そこで聴いた歌から、グレタはもう死んでしまった昔の恋人の話を始めます。ゲイブリエルも初めて聞く話でした。

実は、本書には、訳者による個別作品への詳しい説明が付いています。作品によっては、アイルランドの宗教事情を知らないとよく分からないこともあるので、とても参考になるのですが、本作に関してはゲイブリエルへの厳しい見方が披露されています。詳細は触れませんが、グレタの話の後で、夫婦が情を交わしたことが、ひと言で分かるようになっているとの指摘も鋭いです。ただ、本作が語りたかったのは、ラストに集約されているのではないかと思います。

「雪が宇宙にかすかに降っている音が聞こえる。最後の時の到来のように、生者たちと死者たちのすべての上に降っている。かすかな音が聞こえる」

なお、本作は、長年ハリウッドで活躍した職人監督ジョン・ヒューストン(1906-1987)が『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』(1987年)として映画化し、彼の遺作となりました。死の間際に、本作を選んだのは、生者は膨大の数の死者の上に存在しているのであり、生者もいずれ死者の仲間に入るという本作のテーマに共鳴するものがあったのだろうと思います。淀川長治が、この映画を絶賛したのを覚えています。


ジェイムズ・ジョイスというと、難解というイメージがつきまとうのですが、本書はそんなことはありません。やはり『ユリシーズ』(1922年)と『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)のイメージが強いのだろうと思います。ジョイスのイメージを畏れる(?)方にも、お勧めできます。

    • 映画『ザ・デッド』より
    • 同左のラスト、過去の恋を語る妻(アンジェリカ・ヒューストン)と夫(ドナルド・マッキャン)
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. 燃えつきた棒2025-04-04 10:01

    hackerさん、貴重な情報ありがとうございます。『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』は、ぜひ観てみたいと思います。

  2. hacker2025-04-04 16:01

    この映画は私も日本公開時に観ています。ですから、ちょっと前なので、記憶も薄れているところがあるのですが、今回原作を再読して思ったのは、かなり忠実な映画化だということです。大半の場面が、パーティを開いている室内に限定されるため、映画としては苦労する題材ではなかったかと思いますが、ヒューストンの手慣れた演出が冴えていたという印象があります。

    また、レビューには書きませんでしたが、ジョン・ヒューストンは一時期アイルランド市民だったことがあります。父親で著名俳優だったウォルター・ヒューストンは、スコットランド系の母(ジョンにとっては祖母)とアイルランド系の父(ジョンにとっては祖父)の間の子供だったこともあり、ジョンにはダブリンへのルーツ意識があったのだろうと思います。

  3. 燃えつきた棒2025-04-04 18:25

    なるほど、そうだったんですか。この作品は、高松雄一訳『ダブリンの市民』(集英社)と、柳瀬尚紀訳『ダブリナーズ』 (新潮文庫)を読みましたが、ジョイスの作品で一番ピンと来ない作品でした。そんなわけで、ジョン・ヒューストンがどういう風に料理しているのか、とても気になります。

  4. No Image

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