Yasuhiroさん
レビュアー:
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知性と教養を強要し、思惟できない者は読まなくていいとでも言いたげな、高慢なまでの文章。危険だが極上な火酒のごときSF小説だ。久しぶりに終わるのが惜しいと思った。
ベックさんのレビューのお陰でやっとたどり着いた、文書フェチの極楽。デビュー作「バルタザールの遍歴」は読んでいたのに、まさかこんな反則手のような物凄いSFを上梓されているとは、迂闊なことこの上なかったです。これに比肩しうるほどの文章を読んだのはいつ以来だろう?と考えるに、辛うじて思い出せるのは、ギブソンの「ニューロマンサー」くらい、ほんと随分昔のことです。
一言でいうと、第一次世界大戦前後の欧州を舞台としたESPの孤独な戦いを描いた作品です。ただしESP関係の用語は一切出てきません。「感覚」の閉鎖と解放、それだけ。それでウィーン、ペテルブルグ、ベオグラード、再びウィーン、そしてパリと転々と舞台は変えながら、息詰まるような心理戦、白兵戦を描き切っています。
ただし、説明一切抜き。知識と教養と思惟・想像力のある者で、ついてくる気がある読者だけがついてくればいい。との姿勢は終始一貫しています。
おそらくは余計な説明が物語の流れを妨げるから。あるいは汚穢な残滓のような文章を残したくないから。高慢なまでの文章至上主義。一つ一つの文章は無機質的でもそれを計算尽くで連らねることにより、透明な火酒のように読むものを酔わせ、それを貫き通した果てにその火酒に火をつけるがごとき文章(場面)を周到に用意する。恐ろしい文章家がいたものです。
だから最低限、高校卒業レベルの世界史・地理学の知識は必須。漢字も漢検最低2級くらいの力は欲しい。無理なら私のようにKindleのお世話になった方がいい。と、思います。
さて、物語を追っていきましょう。
主人公ジェルジェは養父が死に、孤児となります。彼を引き取ったのはオーストリア=ハンガリー帝国の食えない某老大公(ちなみにこの大公、ファーストネームにハプスブルグという名前をお持ちです)に仕える顧問官アルトゥール・フォン・スタイニッツ男爵。彼も相当の「感覚」の持ち主で、ジェルジェに徹底した教育を施すとともに「感覚」の制御法を仕込みます。
そしてジェルジェは
にも拘わらず、所詮ジェルジェは顧問官のパシリに過ぎません。おまけに命令されて赴任する先々で、滅多にいないはずの「感覚」の使い手がウジョウジョウジョウジョ出てきます。読む者それぞれがお気に入りの人物をみつけるのも一興です。
そしてその中でも最強最凶なのがベルリンからの刺客アレッサンドロ・メザーリ。ベオグラードであのコンラートがあっさりと殺られてしまうほど。ジェルジェが間一髪で助かったことを周囲の異能者は驚愕の目で見ます。その辺をちょっと引用。
それでもさすがジェルジェ、転んでもただでは起きない。「自分を消し去る術」をメザーリから学んでいました。
その他にも一癖も二癖もある奴らがジェルジェを窮地に落とし込むのですが、彼は何とか生き延びます。そして4年が過ぎての最終局面、彼の出生の秘密が豪快とも言える筆致で明かされ、最後のメザーリとの戦いが始まります。。。
この、文章でしか味わえないであろう至悦の世界。映像化するのは不可能ではないのでしょうが、やはりこれは文章で味わうべき物語なのだと思います。
とにかく「感覚」の世界がたまりません。そして世界史史上最後の真の貴族の棲家であったオーストリア=ハンガリー帝国のデカダンと、バルカンの火薬庫に火がつくその舞台裏を描き尽す佐藤亜紀の筆致に舌を巻きます。ちなみに「オーストリア=ハンガリー帝国」「バルカンの火薬庫」などの陳腐な表現は一切出てきません。
読み終えるのがこんなに惜しかった作品は久しぶりです。でもまだ、続編の「雲雀」が残っていることでよしとしましょう。
一言でいうと、第一次世界大戦前後の欧州を舞台としたESPの孤独な戦いを描いた作品です。ただしESP関係の用語は一切出てきません。「感覚」の閉鎖と解放、それだけ。それでウィーン、ペテルブルグ、ベオグラード、再びウィーン、そしてパリと転々と舞台は変えながら、息詰まるような心理戦、白兵戦を描き切っています。
ただし、説明一切抜き。知識と教養と思惟・想像力のある者で、ついてくる気がある読者だけがついてくればいい。との姿勢は終始一貫しています。
おそらくは余計な説明が物語の流れを妨げるから。あるいは汚穢な残滓のような文章を残したくないから。高慢なまでの文章至上主義。一つ一つの文章は無機質的でもそれを計算尽くで連らねることにより、透明な火酒のように読むものを酔わせ、それを貫き通した果てにその火酒に火をつけるがごとき文章(場面)を周到に用意する。恐ろしい文章家がいたものです。
だから最低限、高校卒業レベルの世界史・地理学の知識は必須。漢字も漢検最低2級くらいの力は欲しい。無理なら私のようにKindleのお世話になった方がいい。と、思います。
さて、物語を追っていきましょう。
主人公ジェルジェは養父が死に、孤児となります。彼を引き取ったのはオーストリア=ハンガリー帝国の食えない某老大公(ちなみにこの大公、ファーストネームにハプスブルグという名前をお持ちです)に仕える顧問官アルトゥール・フォン・スタイニッツ男爵。彼も相当の「感覚」の持ち主で、ジェルジェに徹底した教育を施すとともに「感覚」の制御法を仕込みます。
そしてジェルジェは
一世代に一人か二人しかいないほどの「感覚」の持ち主であることが明らかとなっていき、それには同じ男爵の部下で一番有能なコンラートも舌を巻くほど。
にも拘わらず、所詮ジェルジェは顧問官のパシリに過ぎません。おまけに命令されて赴任する先々で、滅多にいないはずの「感覚」の使い手がウジョウジョウジョウジョ出てきます。読む者それぞれがお気に入りの人物をみつけるのも一興です。
そしてその中でも最強最凶なのがベルリンからの刺客アレッサンドロ・メザーリ。ベオグラードであのコンラートがあっさりと殺られてしまうほど。ジェルジェが間一髪で助かったことを周囲の異能者は驚愕の目で見ます。その辺をちょっと引用。
小柄な中年の男にぶつかった。失礼、と詫びた。その不自然さに思い至る暇もなかった。どんなに混んだ往来でも、ジェルジェは人にはぶつからない。(ベオグラードでの初接触)
頭の中を押さえ付けていた力が僅かに緩んだ。箍が外れたように感覚が暴発した。文字通り裏返しになった。弾き飛ばされた相手の叫びを聞きながら.....ジェルジェはそのまま床に倒れた。.....体はもう動かなかった。意識もまた、蝋燭の炎が燃え尽きる時のように揺らいで、消えた。(初対決、コンラート死亡)
「呆れた餓鬼だな。」「メザーリとやり合って、伸びて、気がついたら甘いものが欲しいだけか。殺されなかったのは運が良かったんだぞ。」「ベルクマン(コンラート)を片付けるのにメザーリか。ベルリンもとち狂ったもんだな。鼠を牛に蹴殺させるのか。」
それでもさすがジェルジェ、転んでもただでは起きない。「自分を消し去る術」をメザーリから学んでいました。
その他にも一癖も二癖もある奴らがジェルジェを窮地に落とし込むのですが、彼は何とか生き延びます。そして4年が過ぎての最終局面、彼の出生の秘密が豪快とも言える筆致で明かされ、最後のメザーリとの戦いが始まります。。。
この、文章でしか味わえないであろう至悦の世界。映像化するのは不可能ではないのでしょうが、やはりこれは文章で味わうべき物語なのだと思います。
とにかく「感覚」の世界がたまりません。そして世界史史上最後の真の貴族の棲家であったオーストリア=ハンガリー帝国のデカダンと、バルカンの火薬庫に火がつくその舞台裏を描き尽す佐藤亜紀の筆致に舌を巻きます。ちなみに「オーストリア=ハンガリー帝国」「バルカンの火薬庫」などの陳腐な表現は一切出てきません。
読み終えるのがこんなに惜しかった作品は久しぶりです。でもまだ、続編の「雲雀」が残っていることでよしとしましょう。
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馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8
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- 出版社:文芸春秋
- ページ数:301
- ISBN:9784167647032
- 発売日:2005年01月01日
- 価格:620円
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